43回 日本学生経済ゼミナール東京部会    インナー大会提出論文

分科会番号:0204  部門名:日本経済論

 

専修大学望月ゼミナール

テーマ   日本経済再生に向けて

サブテーマ  不況脱却策 〜都市再生計画からの考察〜

 

 

代表者:大城 利佳    Mailrika.oshiro@nifty.com

参加者氏名:(3):間仁田 修 ・ 島崎 恵子

(2)  ・

 

 

[目次]

                  序章

                  

第一章  バブル崩壊から不良債権の発生

 

第二章  日本の都市再生の現状と規制

第一節       再開発から都市再生の現状

第二節 規制緩和と都市再生

 

第三章  海外の都市再生計画

第二節       シンガポールの都市再生計画への取り組み

第三節       イギリスの都市再生計画への取り組み

 

第四章  今後の都市再生計画の方向性

  第一節 都市再生計画が目指すもの、またその可能性

            第二節 都市再生計画を進める上での今後の課題

 

図表一覧

語句の説明

参考文献

 

序章

 

 日本経済はいま、不況の中にある。まだ景気回復の糸口が見えないまま企業は自分の会社を倒産させないため、政府は何とか銀行を破綻させないため、それぞれ生き残りのため努力を続けている。そもそもバブル崩壊は、土地価格の上昇に周囲が期待をかけすぎたことから転じたことであり、この流れは様々な分野で論じられていることである。銀行の不良債権問題や金融市場の問題は尽きないが、日本経済再生に向けての1つの案として再開発事業に目を向けてみようと考えた。この論文では、バブル崩壊へとつながった資産価値の下落が要因となったならば、土地の有効活用が経済の活性化にもつながるのではないかと考え、土地の再開発、つまりは都市再生が経済的に有効になるかどうかを論じていこうとしている。今日、都市再生はニュースや新聞でこれからの日本に必要なものとして取り上げられてきている。六本木や品川の再開発など都心をはじめとしたこの再開発事業・都市再生プロジェクトはこれからの日本の再生に有効な策となりうるかどうか、不良債権処理の1つの策として土地の有効活用が経済活性化に結びつくかどうか、この論文を通して検討を行っていく。

 

 

 

第一章 バブル崩壊から不良債権の発生

 

高度経済成長を経た日本は、長期にわたる景気の拡大、石油価格下落による貿易条件の改善、プラザ合意後の円高による国際的地位の上昇、円高不況懸念による低金利マネーサプライなどの金融緩和政策、金融の自由化などによって、バブル景気を生んだ。

日本経済は資金余剰となり、その資金の多くが資産へと流れた。地価は銀行金利よりも割合が高かったことや、情報化、国際化の進行で都心ビルの需要が拡大したことにより上昇し、その含み益は、株価にも反映された。83年頃から東京都心部を中心に上昇し始め、80年代後半には、東京圏、大阪圏、名古屋圏、地方圏へと、また商業地から住宅地へと波状的に広がった。6大都市の商業地は、ピークを迎えた90年には、85年当時に比べ約4倍の高水準にまで上昇した。

プラザ合意後の円高不況回避のために、日銀は公定歩合の引き下げによって金融緩和を行った。護送船団方式による国際競争からの保護を受けていた日本の銀行は、一案件あたりの貸付が大きく効率的で、長期貸し出しで利ざやが大きいことや、不動産担保でリスクが小さいと考えられたことから、貸し出しを不動産融資に集中させて、増大させた。その背景には、好景気によって製造業の主要企業全体における、内部資金化率が高まり、金融機関借入金の依存度が低下したこと、証券形態での資金調達の自由化(起債条件の緩和、国内CP市場の創設、海外起債の自由化など)の進行により、銀行離れが促進したこと、預金金利自由化に伴う金利の上昇によって金融機関の資金調達コストの上昇を招き、運用益を上げざるをえなくなったことなど、銀行の資金余剰があったのだ。したがって、銀行は新しい融資先として、大企業や中堅企業から、中小企業や個人マーケットを重視せざるを得なかった。このような理由から、銀行資金の調達面と運用面が共に弱体化していたために、厳しくあるべきリスク管理が安易な土地担保主義に流れてしまったのだ。

地価は上がり続けるという土地神話も、一般の人々を投機に向かわせた。

過剰な土地投機の結果、85年末に1400兆円であった土地資産総額(国民経済計算による推計値)は90年末には2.4倍にあたる2389兆円となり、この間の増加額1385兆円は名目GDPの約3倍にも相当した。もっとも、この金額にはキャピタルゲインを含んでいる。

超好況状態であったにもかかわらず、円高によって物価が安定していたバブル経済であったが、89年から公定歩合が少しずつ引き上げられ、さらに湾岸危機によってドル高が進み、日銀は公定歩合を6%に引き上げた。また政府は90年に土地基本法により地価税を導入し、不動産融資に対する総量規制も行った。こうして金融機関から不動産業界への資金の流れが止まり、地価は下落を始め、バブルは崩壊した。金融機関の巨額融資は不良債権化した。

 

不良債権とは、銀行が保有する延滞または未収利息不計上債権のことで、金融庁が発表している分類方法には「リスク管理債権」「金融再生法表示債権」「自己査定」の三つがあり、それぞれ判断基準が異なる。全国のリスク管理債権を見ると、9495年、96年〜02年ではリスク管理債権の定義は異なるものの年々増加し、20023月までに42.0兆円。また、不良債権残高(不良債権額/貸出額)も年々増加し、023月までに8.9%である。(図1参照)不良債権残高の増加は、不良債権の最終処理額以上に多額の新規発生を意味している。さらに担保売却は更なる地価下落をもたらし、一層不良債権額を増大させている。最近の動向では、2005年までに不良債権比率を半分にするとした金融再生プログラム、RCC(整理回収機構)等の債権回収会社の活用と、低金利によって増大した銀行の業務収益によって2002年発表の8.9%から7.2%に減少した。不良債権の償却は銀行の自己資本比率を下げ、銀行の経営を圧迫するため、新規の貸出を抑制する作用になる。さらに、中小企業への「貸し渋り」「貸し剥し」の原因になり、経済活動が収縮する。なぜなら「貸し剥し」によって企業が倒産すれば供給量が減少することで、物価下落が止まるかもしれないが、さらに投資・所得が減少することで需要が減少し、「貸し渋り」も同様に投資という需要を減らし、日本の国内総生産が減少するためだ。一方、不良債権を償却しなければ、企業が収益を改善せず倒産に追い込まれた場合、不良債権額が増大し、銀行は更なる償却金を積まなければならなく、自己資本が減少するという板ばさみが存在する。

 特に、地価下落によって地価の保有資産が全体の54%を占める不動産、建設、卸売り企業はバランスシートの悪化を受け、倒産企業数も多い。91年以降これら3業種の利益率は減少し(図2参照)、倒産数・負債額は97年から高い水準を示している。これら3業種の銀行の貸出は全業種の約33%を占めていることと倒産数・負債額を考えれば、不良債権がいかに3業種に集中しているかがわかる。つまり、特に土地を商売する不動産、建設、卸売り企業はバブル崩壊による地価下落によって収益が悪化し、倒産数を増やし、不良債権の大部分を発生させた。これら3業種の付加価値額の全産業に占めるシェアは34%であり全体に対するパイも大きく、一件あたりの負債額を見ると、不動産は他に比べ非常に高く、倒産すると多額の不良債権を発生させており、ここで都市再生への必要性が読み取れる。

都市再生を行う事での利点は、青山のブランド街、汐留のマスコミ企業の移転地、六本木の商業地のような魅力的なものであれば土地への需要があり、バブル崩壊による都市部の地価の下落に歯止めがかかると考える。そうすれば、3業種の収益が回復し倒産数が減少し、不良債権額を減らすことができる。さらに地価下落が問題でリスクに見合っていない土地担保やリスクを金利に含まれておらず、不良債権処理ができない銀行の経営の問題になるのだから、DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法によるリスクに見合った金利設定は否定できないが、都市再生によって都市の地価が安定すればその土地が安全資産として担保となり、他の企業にも投資が行われる可能性があると考える。まず不動産、建設業が牽引役となって投資を行い、また関連産業の所得が増加することで消費が見込まれる。さらにその消費財の生産者への所得が増加する。それが乗数効果を生み出し、部分的ではあるが需要を生むと考える。

つまり、不良債権の問題において、土地再生を行う事によってこれら3業種の収益を改善させることで新規発生が減ることが期待され、また地価が安定すれば他の企業の投資拡大や所得増加に伴う消費財への需要増加の可能性が生まれると思われる。

そこで後の章では都市再生を行うためにあってはならぬ規制と海外から学ぶ魅力的な都市の要素を考察する。

 

 

 

第二章 日本の都市再生の現状と規制

 

第一節 再開発から都市再生の現状

 

六本木ヒルズは都市再開発という点で一回は聞いたことがあることだろう。六本木ヒルズの建設は1986年の東京都から「再開発誘導地区」に指定されることがきっかけとして、森ビルが計画を立て進めてきた一大プロジェクトである。この計画は、施行区域約11ヘクタール、総延床面積役724000uあり、ここにオフィス、住宅、ホテル、商業施設、文化施設などを融合させ、また、既存の池・緑の保全をはじめ、公園・広場などを整理して敷地の半分以上をオープンスペース(空き地)とすることで、緑豊かで潤いのある文化都心を実現することが狙いである。この計画を進めるにあたって市民の同意という点では、開発地区が六本木通り沿い、テレビ朝日通り沿い、日ヶ窪地域など5地区に分かれていたため、地区ごとに再開発に対する理解を深めてもらうように懇談会を設け、そのつど協議会に格上げしていくという活動を森ビルやテレビ朝日などが中心となって行った。この活動は比較的スムーズに進み、1990年に約8割の同意を得るということができていたのである。その後計画は進んでいき、2000年に都知事からの認可を得ることができ着工し、2003年4月25日にオープンをした。高さ238メートルを誇る六本木ヒルズ森タワーをシンボルに、200店以上のショップ&飲食店、住宅、ホテル、シネコン、美術館、テレビ局(テレビ朝日)などが集まっており、大きなが完成した。”“”“”“”“など生活に必要な全機能を備えた多機能複合都市を形成している。六本木は、すでに文化が確立している地域である。ここで、ビジネスと商業の一体化を図れば、既存住民の消費性向も変わる可能性が高いと考えられる。さらに既存住民でない人達は、この再生によって六本木は多く訪れるようになったのである。2003年のゴールデンウィークにはまだオープンして間もないのに、295万人の人々がここに集まった。テレビが六本木ヒルズのことを取り挙げることが多かった。ブランドショップなどはたいして売上が多くなったというような効果はなかったみたいではあるが、飲食店は訪れた人によって多くの経済効果はあったようである。これだけ集客力があるのだから経済効果は飲食店だけでなく交通手段の鉄道やタクシーにもあるだろし、またそれ以外にもあるのに違いない。六本木は再生できたのである。

 次に「京都坂口」の復活について取り上げていきたい。このケースは民間の飲食店が再開発によって生まれ変わるというということであり、六本木ヒルズのような都市全体の再開発というよりは企業の複合化によって集客数を多くするという一部分の地域の再開発である。そのことによって、企業が廃業になることがなく不良債権となるということ防ぐことができたということを挙げるケースである。「京都坂口」は大阪・宗右衛門町の料亭「大和屋」のご主人である故坂口祐三郎氏が、京都の呉服商から清水寺の参堂にあたる京都市東山区の産寧坂付近に広がる約6600mの日本庭園を買い取り、料亭にしたことに始まる。バブルの崩壊まで京都に観光客が来ていたので、高級料亭として集客がうまくいき利益をあげていったことであるが、バブル崩壊後には京都への観光客が減少し、国内旅行は割高なので敬遠されることとなってしまい集客がうまくいかなくなってしまった。さらにバス会社も「京都坂口」の昼食を目玉にしたツアーがあったのであるがその事業も縮小され、客数も減りそして広大な日本庭園や建物などの維持や管理をする費用というものがかなり多くその分の損失をしていた。そのことにより廃業寸前まで行ったのである。そこで不動産コンサルタント、商工会議所、京都市などの官民一体となった協力によって、「京都坂口」を復活させることを目標として「和風ショッピングモール」の設立について企画があがるようになった。この「和風ショッピングモール」には主に7店の老舗が集合している。この店舗の複合化によって、年間100万人を超える集客力を持った京都の新名所と生まれ変わったのである。そのように人々を集められるようになったのであるから利益をより上げているということはいうまでもない。

このような2つのケースを考えてみると再開発によって集客量の増加を促すことができるので都市の再生というのは経済効果の見込むことができる、またこの都市再開発によって不良債権の発生を抑制することや解消するということもできるということが考えられるので、今の日本経済の活性化に大きく貢献できうるものであると考えられる。

 

 

第二節 規制緩和と都市再生

 

都市再開発をより幅広く他の地域で行うためには、様々な規制の緩和を行うことや、新法を導入する必要があり、それを行うことによって都市再生を促進、活発化することができる。また財政危機に対して公共事業の重点化を図ることができ、また民間の都市再生のプロジェクトを誘発させることができる。

規制緩和の例として考えられることは、容積率(敷地面積に対する延べ床面積の割合)を緩和することにより同じ面積の土地に前より大きな建物を作ることができることである。単位面積あたりの収益を上げることができれば、開発したビルを不動産投資信託の運用物件とすることができる、また建て替えを進める上で重要な問題となっていた、反対者の権利の買い取ることに関しての既存規制を緩和することで老朽化した建物の円滑な建て替えを行うことができるようになる。

また、道路斜線の傾斜・勾配の係数を緩和することにより、今までは建てることができなかったものや、建てることができなかった場所に建物を建てることができるようになる。そのほかに、道路等の占用・使用許可の運用の改善を行うことでITのケーブルを普及させることができるというようなことが考えられる。

現在の法律の下では、地方の公共団体と事業者による事前の調整から始まり、他都市計画の素案を作成し、都市計画の決定・告示、市街地開発事業等に係わる許可等の申請を経て事業計画などの認可・広告となり全体として約14年の時間がかかってしまい、現在の問題に対応した都市再生計画が行いにくくなっている、しかし都市再生特別措置法等の新法を適用すると、今まで時間がかかっていた部分をかなり短縮することができるようになり、現実に応じた都市再生の企画を立てることができるようになる。このように新法を導入することによって、私たちが考えているような都市再開発がスムーズにでき、それによって都市は再生をし、消費性向の上昇や不良債権の阻止に貢献するではないかということが言いたいのである。

 

 

 

 

 

第3章       海外の都市再生計画

 

第1節           シンガポールの都市再生計画への取り組み

 

この章では、海外の都市再生案を見ていき日本に参考となるところはあるかを見ていこうと思う。

 シンガポールは現在、アジアの中で成長を続ける国として世界的認識は高いと思われる。そのシンガポールも、1960年代からの独立後様々な再開発計画が練られ、実行されてきた。ここでは少しだが、どのような再開発が行われてきたかを見ていきたい。

 シンガポールは、19世紀初頭にイギリスが海峡植民地として創設したことからはじまり、華僑が多く住んでいることは言うまでもないことだろう。そして、マラヤ連邦内のマレー社会の中でシンガポールは欧米諸国の新植民地主義の手先として周囲から厳しい目で見られながら、1960年代の複雑な国際政治のなかで独立を維持してきた。そこには政府の強力な指導下に経済成長を目指し改革を行ってきた経緯がうかがえる。シンガポールは他の東南アジアの国々とは違い、農村を持たない都市国家である。日本のようにすでにある程度産業の発展した社会に対して、シンガポールのような世界都市構想を掲げた政府の再開発計画は参考にできるのではないかと考えている。

 シンガポールはかつてイギリスの植民地であり、東インド会社が置かれていたことは世界貿易を見ていく歴史の中で重要な点である。19世紀のはじめから中継貿易、資源輸出港、労働供給の中継地として発展、商品・資源・労働供給の中継ルートのハブとして重要な役割を担って来た。そんな通商に偏った産業構造を持つシンガポールは、工業化が第一の政策課題として人的資源の効果的な利用が最優先とされ、産業構造を短期間に修正するため社会管理には厳しい政府の規制が行われた。1960年代の独立後の改革には特出すべき政策があり、工業化に向けての外国企業の投資を促す投資環境の整備、工業化に必要となる人材開発や住宅整備、社会資本の整備などがあげられる。その中でも都市計画は、1959年の自治獲得当時の都市部に不法居住者のスラムを抱え、経済発展のためにビジネス環境整備の必要があった都心部の再開発にはとても重要なものであった。都市再開発庁(URA)が積極的に行ってきた計画には、1958年のマスタープランや1971年のコンセプトプランを始め、都市計画規制のほか開発計画としての内容も含まれている幅広い分野の改革政策がある。シンガポールの市街地形成はイギリスの都市計画制度の影響を受けており、都市計画には基本計画と地区計画の2層制の上に、独自の住宅開発および市街地再開発の仕組みを含んでいた。そして政府による大量の住宅供給にこそ、その後の産業を支える、また産業発展を進めていくだけの環境を整備するという重大な課題が課されていたのである。具体的には土地の有効利用のため、都心部の低層・密集住宅を取り壊してビル用地に変え、郊外の農地、墓地なども積極的に収用し国有化を進めニュータウンや工業団地とした。また、島の海岸の大部分を埋立事業の対象とし、空港・港湾・住宅・工業団地などの用地に充ててきた。その結果国民の87%が居住しているといわれる公共住宅も普及し、これはシンガポールの成功を収めた要因のひとつとして重要なものである。公共住宅は主に工業団地として工業地帯の周辺部に作られ、日本の都心の通勤時間が2時間という状態に比べ、1時間以内で仕事場にいけるというような工夫もなされている。その他の改革としては、国の表玄関ともなるべきチャンギ空港の建設を行ったり、船舶数・コンテナ取扱量で世界一を争うシンガポール港はコンピュータ化した迅速な手続きを行っていたり、陸上交通については高速道路・地下鉄の整備のほか、自動車の登録規制や都心部への車両乗り入れ規制といった措置も行っている。情報インフラについては、携帯電話の普及率など日本以上に整備されている。

このようにシンガポールでは、住宅をはじめとする社会資本の整備が政府によって積極的に行われてきたことに経済成長の要因があったようで、この点は日本にも参考にできることはあるように思う。政府の産業政策に伴った資本整備、特に土地の有効利用を都市再開発で行い、産業を復帰させる。それによって経済の発展に少しでも貢献できるとするのであれば、海外の例にならって開発計画を立てていくことも政府の政策として行っていかなければならないことのひとつであると思う。

 

 

第二節 イギリスの都市再生計画への取り組み

(1)イギリスを比較対照にした理由

比較の対象として80年代のイギリスでスタートした都市再生計画を選んだ。これは日本の現在と当時のイギリスの社会的背景が比較的似ているからである。当時のイギリスは人口の急速な減少と同時に進行する失業者の増大から、都市に社会的弱者グループを残し荒廃していくというインナーシティ問題が起こっていた。また当時のイギリスは「英国病」呼ばれる経済停滞期の最中であった。現在の日本でも同様に経済停滞と人口減少、失業者問題が社会に大きな不安を生んでいる。このような類似点からイギリスがどのように都市開発から民間投資を生みだし、都市を活性化させてきたかを知ることから学ぶべき点が多くあるのではないだろうか。

(2)   イギリスの都市再生計画の内容

イギリスの80年代にスタートした都市開発プロジェクトはエンタープライズゾーンや都市開発公社の制度を活用して実施された。これらの制度の狙いは、指定や設立から10年間という期間で、民間の不動産開発投資を誘導して地域活性化の核となる地区を創出しようとしている。この二つの制度のうちエンタープライズゾーンとは開発規制の緩和、迅速化と投資に対する減税という特例措置を指定して実施する制度である。都市開発公社とは国の設立する機関で、特定の地区を対象に都市計画、土地の取得、都市基盤施設等の整備、民間等の開発計画の許可事務などを一元的に実施する機能を与えられた計画、事業主体である。さまざまな事例から、実効性のある開発事業を誘導するにはエンタープライズゾーン指定と並行して自治体あるいは都市開発公社の手によるインフラ整備事業を行うことが重要な要件である。

(3)プロジェクトの効果

このプロジェクトは特にインナーシティー問題を抱えていた地方都市において大きな成果をもたらした。中規模都市では開発公社が不動産市場の失敗を修正することに重点を置いた計画で公社事態が行った投資額をはるかに超えた民間投資を引き起こすことに成功した(図3)。イギリス中心部に位置するマンチェスターの都心部では、都市開発地区内での民間投資公共投資に対し、1995年3月で公社投資額7300万ポンドに対し民間3億4500万ポンドと4.7倍になっている。マンチェスターは製造業の拠点として栄えてきた町であるが、これまでに民間投資が行われずに放置されてきた地区が多くあった。そこで開発公社は古い施設を活用する形で環境整備を行い地区環境の改善に取り組んだ。また公社の開発指針に合致する民間開発プロジェクトに関しては採算に乗せるのに必要な補助金を支給した。

(4)現在のイギリスの状況

しかし、都市開発公社の方針が不動産に基づいた都市再生であったがために1990年はじめの全国的な不動産市場低迷は公社による効果を制約することになった。また広く社会全体の再活性化を図るということについては批判も多い。公社は開発がやりやすい地区だけを管轄地区としてしまう。公社の開発で生まれる商業・業務機能は、空洞化した工業都市の元ブルーカラーワーカーの雇用には向かず、失業問題の解決には、貢献していない。不動産志向で、社会的な観点に乏しい。現在は商業開発に引き続き資金が投入されており、変わってシティ・チャレンジ、シングル・リジェネレーション・バジェットといった手法で社会的、経済的なより広い目的と関連付けられた取り組みが行われている。

(5)   改革するための方向と条件

日本のこれまでの都市計画の失敗の一つは、バブル期において民間活力を最大限に生かし都市開発事業を行ってきたことにある。当時の民間業者は社会的、経済的側面からの都市機能を考えることなく乱開発を行ってきた。現在小泉内閣によって進められている都市再生プロジェクトはバブル期の中曽根元総理大臣を推進してきた計画とは違い、民間都市開発投資促進のための緊急措置として具体プロジェクトを民間経済団体と地方公共団体とで共同して行うこととなっている。現段階でプロジェクトは286プロジェクトのうち205は民間提出によるものである。イギリスの計画との違いとして、日本は民間にかなりの自由を与えているという点である。イギリスは公共セクター指導のプロジェクトを行い民間投資を生み出してきた。しかしそれでも社会全体の活性化には結びつかなかったという批判から考えるに、果たして民間提出のプロジェクトで本当に社会的、経済的に魅力のある都市が作れるのかどうか疑問が残る。イギリスを例に取り、これからのプロジェクトは民間の活力を引き出す都市であると共に民主的な都市の建設を目指したプロジェクトでなくてはならない。

第四章 今後の都市再生計画の方向性

 

第一節 都市再生計画が目指すもの、またその可能性

 

ここまで日本経済の歴史をバブル期までに遡って、多額の不良債権を生み出した背景や、またそれが現在の経済へいかにして影響を及ぼしているかを第一章では論じてきた。さらには第二章で日本国内の都市再生への試み、また土地の用途制限など再生の妨げとなっていることで問題視されている規制緩和策への対応、そして第三章では海外での実例を調査し、いかにして都市の活性化を図ったかを見てきた。

都市再生の眼目は巨大プロジェクトの推進を通じて東京、大阪など大都市圏の未利用地を活用し、10年連続で下落し続ける地価の上昇につなげることにある。地下の上昇は不良債権の最終処理を実現する上でも不可欠であることはすでに述べた。また、都市再生にはもう一方の試みも含んでいる。それが国際競争力の回復だ。国際経営開発協会(IMD)が発表する国際競争力ランキングにおいて、日本の地位は9092年の第一位から2002年度のランキングにおいて30位に転落したというニュースは記憶に新しいことであろう。日本経済が停滞している間にシンガポールや上海などアジアの大都市が追い上げ、国際競争力ランキングにおいてシンガポールには大差をつけられる結果となった。こうしたアジア各都市の急激な追い上げによる日本の国際競争力が急激に低下したことに対する危機感の払拭も都市再生策には含まれている。

さらに近年のデフレ不況の中で企業も消費者も心理的に投資・消費に消極的になっている傾向がある。それに対して東京都心の再生地区はそこを訪れた人に高揚感をもたらす。事実、第二章でも六本木ヒルズの波及効果には第二章でケーススタディとして論じてきた通りだが、千代田区は東京駅駅前に聳え立つ丸ビル完成後半年間の来場者数は1320万人、店舗・レストランなどの売上は170憶にのぼる。

政府の掲げる都市再生本部は全国の緊急整備地域における民間都市開発投資額を合計で7兆円超、経済波及効果は20兆円近いと試算している。都市再生は建設段階での経済効果もさることながら、完成後の集客力、消費需要による経済効果は計り知れない。

 

第二節 都市再生計画を進める上での今後の課題

 

都市は世界の企業と人材にとって魅力的な立地を提供すべきで、魅力的な都市をいかにスピードをもって創れるかを世界中で激しく競い合う時代を迎えている。今後、日本経済活性化に都市再生が効果をもたらすにはインフラ整備や都市化計画、税制、規制緩和などソフト面が連携した総合的な対策が不可欠となってくるであろう。

税制の活用法を例に取り具体的に見ていこう。不動産関連税制や建物の固定資産税、土地の譲渡税などの税制は抜本的に見直す必要がある。東京都市部のような再生化重点地域では固定資産税など税制を活用できるようにし、固定資産税を減免し民間にインセンティブを与えることなどが望ましい。特にこの固定資産税は消費税との二重課税となってしまうことからも、早急な改正が求められる。

都市再生を進めるには以上のように様々な視点から従来の方向性を転換し、諸制度を見直して土地の価値を上げることができるような箇所に再生化を図り、規模の経済を追求できるような開発を実現できるようにしなければならない。

都市再生には今後もまだまだ改正の余地があり、都市再生本部は今後、民間主導となっている現場で培われた知識と経験を積み上げ、都市の魅力を高めるソフト施策に重点を移すべきなのではないだろうか。

 

 

 

 

終章

 

今回の論文で私たちの意見を総括していきたい。現在の日本はバブル崩壊後から不況となってしまったわけであるが、「土地神話」が崩れ多量の不良債権が発生したことによって不況に陥り、そして不良債権が今まで回収されていないということが不況の今まで続いている原因となっている。またその不良債権を政府が発足させたRCCによって年々回収させられてきた、しかしまだ依然として日本の不良債権というものは少なくなっていない、新規不良債権の発生という問題があるからである。この問題を解決させるためには財政・金融政策といった政府が行うことによって解消するということもあるが、私たちがこの論文で述べてきたように都市を再開発することによって土地の流動性を促し、物価の安定につながっていき不良債権問題の解消をするということ、「都市再生」を目指していくことが、日本の景気回復というようなことにつながっていくのであると考える。この都市の再開発を行う、にあたって規制のことについて考えていかなくてはならない。現在の規制では都市の建設にあたって発展を見込むことができない。よって都市再生特別措置法等の新法を適用するということや既存の規制を緩和いていく必要性がある。都市再生のために規制緩和を行ったイギリスやシンガポールといった国では経済的に発展をもたらしてきたことは、前述したと通りである。このように都市を再開発するためには、行政と企業の努力が必要となってくるのである。

資産デフレから始まった日本の経済低迷には資産価値の安定させていくことによって原因を断ち切るということが必要であるということが最終的な私たちの意見であり、そのために都市再生させるということが今後、必要となっていくのである。

 

 

図表

 

≪図1≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪図2≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪図3≫

都市開発公社

設立時期

都市開発地区の面積(ha)

レバレッジ

第1期

 

 

 

ロンドン・ドッグランド

1981

2150

 1対3.7

マージサイド

1981

350

 1対1.2

           (拡張)

1988

1500

 

第2期

 

 

 

ブラック・カントリー

1987

2598

 1対2.3

           (拡張)

1988

 

 

カーディフ・ベイ

1987

1093

 1対1.2

ティースサイド

1987

4858

   1対3

トラフォード・パーク

1987

1267

 1対4.7

タイン・アンド・ウェア

1987

 

   1対2

第3期

 

 

 

セントラル・マンチェスター

1988

187

 1対5.1

リーズ

1988

540

 1対6.2

シェフィールド

1988

900

 1対7.1

ブリストル

1989

420

   1対2

第4期

 

 

 

バーミンガム・ハートランド

1992

1000

 1対4.6

プリマス

1992

 

 

設立時期別の都市開発公社

レバレッジ(投資誘発率) 公共投資対民間投資

 

 

 

語句の説明

 

・インナーシティー問題 

 人口と産業が郊外へ分散し、比較的裕福な階層や投資余力のある企業が郊外へ出てしまい、都心には貧困層や外国からの出稼ぎ労働者、新たな事業展開の見込みのない構造不況業種の工場などが集中して取り残されてしまった。

 

・シティーチャレンジ、シングル・リジェネレーション・バジェット

シティチャレンジの基本的な考え方は次のようなものである。誰にでもわかるようなプログラムを通して、官民パートナーシップ組織を軸とする多様な取組主体が、重層的に活動することによって、地域の「仕事づくり」などの成果を一定期間内に達成するよう進める。その結果として、将来に向けた地域の持続的発展の素地を創ることが目標。

 

・シングル・リジェネレーション・バジェット

イギリスに定着し始めた都市の再生に向けた取組みに共通する発想は、目標とする将来のライフスタイルに向けて、その地域の持続的発展が可能となるような多様な戦略的活動を総合的に展開するもの。これらは、リジェネレーションという言葉で総称されており、その多くは、まちづくりの主体として官民 パートナーシップを構築して、既存ストックを最大限活かしながら、むしろリスクの低い事業を通して確実な成果を積み上げていく、周到かつ高度なマネージメントによって実践されている。その諸活動においては、「まちづくり」を地域自らの生存をかけた戦略として具体化しようとするプロセスをみることができる。

 

 

 

 

参考文献 

「デフレの経済学」                 岩田規久男  東洋経済新報社

平成13年度年次財政経済報告                                         内閣府編

平成14年度財政経済白書

「都市再生・日本再生」               矢田 晶紀  週刊住宅新聞社

「アジアの大都市 クアラルンプール・シンガポール」      生田真人・松澤俊雄

                                   日本評論社

「都市整備先進国 シンガポール」          丸谷浩明著 アジア経済研究所

「都市再生の経済分析」                 山崎福寿  東洋経済新報社

“「都市再生を問う」 ――建築無制限時代の到来――”     五十嵐敬喜・小川明雄

                                    岩波新書

「検証イギリスの都市再生戦略」      (編集) 財団法人都市未来作り推進機構

(発行)風土社

首相官邸HP 都市再生本部     http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tosisaisei/sanko/

イギリスの都市再生レポート             http://www.udit.co.jp/uk21.htm