|
|
巻 頭 言
「時代の変遷の認識:情報革命の先にある世界」
商学部教授 内野 明
先日「情報革命の先にある世界」というパネルディスカッションが東京大学で開かれた。MITメディアラボの所長の講演などもあったので参加してみた。本稿では「時代の変遷」のとらえ方の難しさを「コンピュータの世代区分」を例として紹介し、その上でこのテーマにかかわる現状認識について考えてみたい。
現在のコンピュータが「第何世代」であるかの質問に即答することは難しい。また、現在のコンピュータにおける言語システムが「第何世代」であるかも難しい。なぜなら「世代区分」を議論したのはどちらのケースも遠い昔になってしまったからだ。
私の学生時代、コンピュータの教科書にはコンピュータの世代区分について以下のような内容を含む表がよく見られた。
|
電子計算機の世代 |
論理素子 |
記憶素子 |
|
第1世代 |
真空管 |
CRT、水銀遅延回路、磁気ドラム |
|
第2世代 |
トランジスタ |
磁気コア |
|
第3世代 |
集積回路(IC) |
|
|
第3.5世代 |
大規模集積回路(LSI) |
集積回路(IC) |
ここで論理素子とは当時のコンピュータのCPU(中央処理装置)を構成する主要素子、メインメモリを構成するのが記憶素子である。各年代の区分は文献によってばらつきがあり、おおむね第1世代は1950年代、第2世代は50年代末から60年代半ばまで、第3世代65年あたりから60年代末、第3.5世代は70年代となっている。
この区分で注目していただきたいのは第3世代の次が3.5世代だということである。どうしてこうなったかの正しい理由はさだかでない。学生だった私の解釈は、
第3世代の時代に入ってコンピュータ黎明期の開発者が引退する年代となり、自分達の足跡を振り返ることとなった。そうすると論理素子の区分でクリアーに世代区分を説明できたのでこの区分が使われるようになった。ところが自分たちが第3世代にいるといったん規定したあとに、どこから次の世代に切り替わるかという「時代の変遷の認識」が難しく、第3世代ではないが、第4世代ともいえないという珍妙な時代区分を出現させてしまった
というものである。さらに70年代末には「3.7世代」なるまさに<過渡期の時代表現>まで現れて一部に使われたのである。第3.5世代の半ば頃と思われる時代にコンピュータと出会うことになった当時の私は「誰がいつ第4世代と言い出すのか」と注目していた。
1979年12月3日付け日経新聞の『第5世代のコンピュータ』という記事の中の年表に「1980年から第4世代に入り、第5世代は1990年から始まる?」のような表現がある。1980年1月7日号の日経エレクトロニクスの『特集:1980年代のエレクトロニクス』記事内の図(p.141(注1))では1978年から1979年にかけて第3.5世代が終わる区切りが入っている。表の右端なのでその区切りの右側にはスペースがなく何も書かれてはいない。しかし、全体のコンテクストからはここから第4世代が始まることが読みとれるようにわざわざ区切りを入れてある。80年に入った2月16日付けの日経新聞の『超LSI
日米間の開発競争激化』という記事にある表には「第4世代 1980年〜」と表現されている。
79年末から80年初頭に同じような記事がまだ多数あったに違いない。ともかく「時代の変遷」に関心があった私は目についた3点の資料をそのまま保存しておくことになったのであろう。1970年代、80年代という10年区分は面白いもので、70年代末には「第3.7世代」という苦肉の表現が存在しながら、誰も第4世代とは言い切れなかったものが、80年に入ると一斉に「第4世代にわれわれはいる」と表現されることとなったのである。
3.5世代ないし3.7世代であった70年代後半には、さらに時代を飛び越えた第5世代コンピュータの開発プロジェクトが大々的に行われていたので、このあたりまでは世代区分に意味を持たせることができたのである。しかし、その後、論理素子も記憶素子も形態上は集積回路の集積度が上がるだけだったので区分自体が難しくなった。また、コンピュータが意味するいわゆる汎用コンピュータ、メインフレームが主役の座を降りてしまったこともあって、現在では世代区分を議論することはほとんどなくなってしまったのである。ちなみに『エンサイクロペディア
電子情報通信ハンドブック』(1988)ではコンピュータ編の最初に「コンピュータの歴史の時代区分は、論理素子に基づいた世代(真空管の第1世代、トランジスタの第2世代、ICの第3世代、LSIの第4世代など)によってなされることが多いが、ここではコンピュータの基本であるアーキテクチャを重視して区分する」と記されているだけで、1200ページを超える本文中に世代区分に関する記述はない。
さて、話を「情報革命の先にある世界」に転じよう。原始時代から産業革命を農業化社会、産業革命以降を工業化社会ととらえたときにわれわれがまだ工業化社会にいると本気で考える人は少ないはずだ。アルビン・トフラーの「第3の波」の出版が1980年、すでに20年余の月日が経過している。情報革命ということばも色あせようかというこの頃であるから、われわれが少なくとも工業化社会の次の時代にいることを否定する人は少なかろう。ここでは工業化社会の次の時代を情報化社会と呼んでおこう。
それでは「情報化社会はいつ始まり、今われわれはどこにいるのか」を考えてみよう。新しい社会に入ったとしても、食料確保という意味での農業がなくなったわけではない。まして現代社会を構成する「モノ」の生産である工業がなくなるわけではない。地球上には様々な国があるわけで、農業化社会が社会基盤のベースになる国が存続していても何もおかしくない。「情報社会」、「高度情報社会」、「情報ネットワーク社会」という言葉は昔から使われており、その端緒は1960年代初頭にさかのぼることができる。したがって遠い将来、過去の時代区分を行う場合、1960年から1980年までの間に概ねラインが引かれるであろう。もっとアバウトな時代区分ならば20世紀後半からは情報化社会と規定するかもしれない。
野村総合研究所が1990年代をスタートするにあたって『創造の戦略』(1990.3)という本を出版した。そこにおける時代区分は下表(p.45(注2)一部略)のようなもの で、「90年代はポスト情報化社会の準備期間であって、次世代を創造化社会」と規定している。多少こじつけ気味ではあるもののこれは有意義な問題提起であったといえる。「日本が新たな社会における主導国になるべきだ」はいつの時代でも語りうる。バブル崩壊以前の強気の時代には<なるべき>ではなく、<なりそう>だとの強気さがあったように思われる。
|
|
農業化社会 |
工業化社会 |
情報化社会 |
創造化社会 |
|
1.波 |
第1の波 |
第2の波 |
第3の波 |
第4の波 |
|
2.時代 |
BC3000年〜 |
18世紀〜 |
20世紀の後半〜 |
21世紀〜 |
|
3.社会変化 |
農業化 |
工業化 |
情報化 |
創造化 |
|
4.革命 |
農業革命 |
工業革命 |
情報革命 |
創造革命 |
|
5.人間の外部化 |
足 |
手 |
目、耳、口 |
頭 |
|
6.価値 |
共同化 |
標準化 |
システム化 |
ネットワーク化 |
|
9.法則 |
自然則 |
政治則 |
経済則 |
文化則 |
|
10.国力 |
軍事力 |
政治力 |
経済力 |
文化力 |
|
11.生産形態 |
少品種少量 |
多品種少量 |
多品種単品 |
|
|
14.キーワード |
五穀豊穣 |
重厚長大 |
軽薄短小 |
楽美愛真 |
|
15.主導国 |
エジプト、中国 |
英国 |
米国 |
日本? |
情報化社会がいつからスタートするかの議論はあまり生産的ではない。ここでは情報化社会がはじまってからを考えよう。90年代半ばのインターネット技術のインパクトは大きかった。90年代の後半には情報技術に直接影響を受ける技術分野、ビジネス分野では「ドッグイヤー」という言葉が頻繁に使われるようになった。これは犬の1年が人間の7年に相当することから、1年でかつての7年分の変化があって、1年前の話しは「一昔(=10年)に近い」ことを意味している。
99年からミレニアムをはさんで「情報革命」をわれわれが受け入れたのはその急激な変化を肌で感じた結果ともいえる。この時期に日本では携帯電話とインターネットにつながる電子メールの爆発的普及を見たわけである。
産業革命からの工業化は200年余続いたことになる。情報化社会をこの「ドッグイヤー」で計算すればドッグイヤー30年で工業化社会の時代に対応させることができる。この<気の早い>計算では野村総合研究所のように情報化社会の次の時代を議論することが可能になる。パネルディスカッションの「情報革命の先にある世界」はまさにそのような時代認識を端的に表している。
しかし、パネルディスカッションに参加した感想は、先端情報技術の世界にいる人の技術に対する強気さと次世代社会に対するあまりに単純な想定である。3年から5年、どんなに長くても10年以内に彼らのいう先端技術は開発され、実用化されるであろう。その技術による社会的インパクトも大きいであろう。
けれども、情報技術の変化がいかに革命的で急速であり、ビジネス社会がその変化に対応したとしても、また、われわれの日々の生活にもインパクトを与えたとしても、法制度、政府や行政を含む社会的基盤の変化は3年5年のレンジではついてはいけない。時代に対応した教育制度の改革にも時間はかかろう。
デジタルディバイド(情報社会における情報弱者)の問題をある程度技術が克服してくれたとしても、<一人の一生よりも短い期間>で時代がどんどん変遷してしまうことに、そもそも<人間が本質的に対応できるのか>という問題も指摘できよう。
「日本は変わらなければいけない」というと、誰かのキャッチフレーズのように聞こえる。日本にとっての時代の変遷を考えると江戸から明治維新、戦前から戦後はまさに時代の変遷を経験した節目であった。明治維新から敗戦まで80年弱、戦後から2000年までで55年、戦後の<成長を前提とする社会システム>の変容は日本にとって必然かもしれない。情報技術のもたらす世界的な側面にせよ、日本社会の固有の側面にせよ、われわれは「時代の変遷」を感じ取らなければいけない節目にどうやら来ているようである。
(注1)『日経エレクトロニクス 1980年1月7日号』のページを示す。 (注2)『創造の戦略』のページを示す。