ファジィ・ソフトサイエンス叢書3
あいまいさの系譜


書名:あいまいさの系譜 (ファジィ・ソフトサイエンス叢書3)
著者:中島信之(富山大学名誉教授(元富山大学経済学部経営学科教授))
編集:日本知能情報ファジィ学会ソフトサイエンス研究会
発行所:株式会社 三恵社
定価:2500 ( 2381+税119)
ISBN4-88361-419-0 C3341


序 言 向殿政男(明治大学)

``あいまいさ''について、これほど網羅的に、統一的に、徹底的に、考察した本を私は知らない。我が国では、もちろん初めての挑戦のはずである。
``あいまいさ"という言葉について、``あいまいさ''という思想について、そして、``あいまいさ''の意味について、言語的に、哲学的に、数学的に、歴史に基づきながらその系譜を辿っていく本書の内容は、極めて貴重であり、大変興味深いものがある。もちろん、本書が、``あいまいさ''に関する研究を完全に網羅しているという訳ではない。それは、現時点では不可能であり、その先駆けとして、敢えてこの研究に挑戦しているところに本書の意義がある。
「``あいまいさ''の意味は、``あいまい''である」という言明を考えてみよう。対象としている「``あいまいさ''の意味」の``あいまいさ''(オブジェクト言語)と、結論付けている「``あいまい''である」の``あいまい''(メタ言語)とは、両者はどのような意味であり、お互いにどのように関係しているのであろうか? 一般に、対象(オブジェクト)として``あいまい''なものを取り扱っても、それを説明する言語(メタ原語)は、``あいまい''であってはならないとされるが、結論が自然言語で述べられている場合には、この関係は極めて複雑となる。``あいまいさ''の意味の構造と、自己言及により矛盾を導く構造とが、``あいまいさ''の研究の出発点である。
著者は元来、数学者であり、最終的には``あいまいさ''の科学的、数学的な取り扱いのところに重きが置かれている。著者が研究をしていた``あいまいさ"を取り扱うための理論といわれるファジィ理論を、数学的な理論として認知させ、応用のための基礎理論として確立させるためには、``あいまいさ''に関する俯瞰的な考察が不可欠であるという認識が、著者をして本書の上梓に至らしめたのではないだろうか。しかし、その関連する領域が余りに広く、深いことを本書は教えている。そこには未踏の面白い興味ある研究テーマが肥沃のごとく、そして暗闇のごとく広がっていることを暗示している。
我々の思考や認識、及び科学にとって``あいまいさ''は本質的である。哲学的にも、言語的にも、数学的にも、``あいまいさ''は避けて通れない。本書の資料編や参考文献にあるように、著者は``あいまいさ''に関連する非常に多くの基礎的な資料に当たっておられる。これは今後に続く者の道しるべとなるに違いない。著者の労に感謝すると共に、多くの読者に目を通していただいて、これに続く者の出現を期待したい。
2006年8月16日

内容紹介(「まえがき」より)

ここ数年,あいまいさについて考えてきた.そもそもあいまいさについて考えるようになったのは,8年まえのある国際会議の席で,「t-ノルムにもとづくファジィ論理についてどう考えるか?」といったたぐいの質問を受けたことに始まる.t-ノルムとファジィ論理…わたしは,とりあえずt-ノルムから取りかかった.その結果は,『t-ノルムのすべて』(2002年,ソフトサイエンス叢書1)として公刊の栄を受けたし,ありがたいことに,それなりの評価を受けているようである.
t-ノルムについて片が付けば,当然次はファジィ論理の順ということになる.だが,少し取りかったときに,数編の論文のことが気になり始め,そうなると,のどに刺さった小骨とおなじで,どうにかしないと落ち着かない.それは,vaguenessに関する論文で,ザデー先生をはじめゴーグエンらが引用している.ブラックや(あの!)ラッセルの論文は,いずれもそのものずばり``Vagueness''である.
とはいうものの,相当昔にコピーしたブラックの論文は,ざっと目を通しただけで,なかなか読みおおせるものではなかった.決心がつきかね,向殿さんに「どうしたものでしょうか?」とたずねた.4年まえの夏,沖縄でのことだった.もちろん,これは愚問だった……「読むべきでしょうか?」と尋ねられれば,だれだって「読むべきでしょう.」と答えるに決まってますわね.
背中を押してもらって(押してもらうように自らし向けて),とにかく読み始めた.それでも当初は,あげられている論文はせいぜい10編程度だったので,2,3ヵ月もあればよいかと思った……のだが,そうはいかなかった.結局メドがつくまで4年の歳月がかかった.芋づる式に次々とあたることとなった参考文献の数は170編になんなんとした.
問題は論文の数よりもその中身であった.哲学の論文がむつかしいのは覚悟のうえではあった(実は,というほどでもなかったのだが…)が,そのむつかしさは想像を絶していた.もちろん根本的には,わたしの読解力不足,(哲学の)基礎学力不足が原因であったが,どうも専門の哲学者たちにとってもわかりにくいものであるらしい.実際,注意を引くためにわざと難解な表現を選ぶこともあるとも聞いた.他の研究者の解説を参考にもしたし,むりやり勝手な解釈でごまかしたりもしたもんだ.
まあ,それでも,ここまできて振り返ってみれば,「あいまいさの系譜」をおおざっぱに浮かび上がらせることができたのではないだろうか.いささかの自負をもって世に問おうと思う.
わたしはこの3月に,富山大学を定年退職した.それまでに片をつけたかったが,かなえられなかった.時間が足りなかったばかりではなく,どうも尻切れトンボに終わらせるというわたしの悪癖のせいらしい.前著『t-ノルムの全て』では,t-ノルムとファジィ論理 のあたりから,本書では第10章(1980年以降)が追求が雑になってしまった.もちろん,いろんな事情があったが,次に予定の『ファジィ論理のほとんど全て』でゆっくり考えたい題材だから,「まあ,いいや」と,ついついおろそかになったのも事実である.いずれ 鳧をつけねばならないが,はたしてそこまで気力がもつかどうか.それはそれで心配になってきた.
本書ができあがるについて多くの方々のお世話になった.まず,この研究の後押しをし,ご多忙中にかかわらず序言をいただいた明治大学の向殿政男先生,『磁力と重力の発見』を紹介していただいた上智大学の和光孝夫先生,ambiguityに関して興味深い知見をお教えいただいた愛知工業大学の纐纈康世先生,『哲学研究論集On vagueness』と著書『原因と理由の迷宮』を送っていただいた東京大学の一ノ瀬正樹先生,草稿の段階で全編に目を通していただ いた叢書編集委員会の委員諸兄,なかでも数多くの間違いを見つけ,かつ有益な助言をいただいた愛知工業大学の小田哲久先生に感謝の意を表する.フロイスの「日欧文化比較」の原文の入手に協力してくれた娘・真紀に感謝する.最後に,お世話になった三恵社の木全氏に感謝する.

目次


序言 向殿政男(明治大学)
自序

第Ⅰ部 あいまいさの系譜
 第1章 あいまいさ序説
 第2章 あいまいさ前史
 第3章 vagueness時代の夜明け前
 第4章 あいまいさ研究史概観
 第5章 数学と論理におけるあいまいさ(19世紀末から20世紀初頭まで)
 第6章 科学におけるあいまいさ(1920年代から第2次大戦まで)
 第7章 指示理論とあいまいさ(第2次大戦後)
 第8章 排中律と連鎖式の逆理(第2次大戦後)
 第9章 あいまいさの論理とファジィ論理(1960年から1980年頃まで)
 第10章 何処へ(1980年代以降)

第Ⅱ部 資料編
 第11章 語寄せ(1)--辞書に見る
 第12章 語寄せ(2)--定義
 第13章 連鎖式の逆理
 第14章 文献抄(1)--あいまいさ前史
 第15章 文献抄(2)--フレーゲ,パース,ラッセル,ヴィトゲンシュタイン
 第16章 文献抄(3)--ブラック
 第17章 文献抄(4)--その他の重要な論文

参考文献
索引

入手方法

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