文学C 冬期休業提出レポート
提出日1998年1月14日
E07-0808A宮澤 淳
ロシアの文豪ドストエフスキーの後期作品に分類される「罪と罰」は私も何度か読んだことがあり、講義内容も大変興味深いものであった。ただ今までは、講義いただいたように、宗教と社会主義、スラヴ主義と西欧文明、民衆と知識人、自由と組織、心情と理性などの対立を背景として、作品を複雑に緊密に形成していることなど深く考えたことはほとんどなかった。
なかでも、1970年代のロシア思想における人民主義三派の分類はロシア思想にほとんど触れたことのない私にとって非常に新鮮に映った。バクーニン主義、ラヴロフ主義、トカーチョフ主義の三主義は、雑階級インテリを中心に起こった農民が唱えたことは講義で初めて知った。ロシア人民の根底にある社会主義の影響つまり階級的立場からの観念が文学に反映されることは確かにあることは感じていたが、エンゲルスのトカーチェフ主義批判のなかの「理論が非社会的である」指摘は素直に聞き入れられた。理由は人民主義者の動きがそのまま労働運動に大きな影響を与えてしまうことがかんがえられるからだ。そして、「文学とは社会的良心の声、心理と平等の下僕である」という言葉には本当に感動した。
さて、私が何度か読んだ「罪と罰」について、感じていることをここで述べたいと思う。
1860年代に、人間の苦悩の源は人間の魂の中にある「原罪」にあるという主張が出てくる。人間は自分の力で道徳的完成に向かわねばならぬとする「倫理的個人主義」の発生をしりめに、1866年、簡単に道徳化しない魂の根源を「罪と罰」でドストエフスキーはあらわした。私の率直な思いを言うと、作品のなかで殺人をしたラスコーリニコフの苦悩は想像もつかない。ただ、あたかも精神病者のごとくに突発的な行動をしたり、妄想に悩まされたりすることは私からみても正常とは言えない。実の母親プリヘーリヤでさえラスコーリニコフを文中で「あなたはあのこがどんなにとっぴな、さ、なんといったらよいでしょう。つまり気まぐれな人間だか、とても想像がおつきになりますまい。」と言っているのだ。なにか二つの性格があり、それが驚くほど突飛な行動を引き起こしているように思える。文中でも、「急に顔色を変えたり」「不意に唇がふるえだしたり」「とつぜん別人のようになったり」と、その表情や動作の唐突さは、内面にある衝動が突然姿を見せているかのようだ。
全般を通して考えるのは、「非凡人と凡人の違い」がどこにあるのかということである。この部分に関してはみな意見が違うと思うので述べることを遠慮しておく。
それよりも、私が「罪と罰」をよんでいて感じたことは、ラスコーリニコフがよく夢をみることである。まず一回目は「鞭でめった打ちにされて死んでしまう馬を少年である彼が同情する夢」二回目は「老婆とその妹リザヴェータを殺害したことを思い悩んでいたときに見る夢」三回目は「シベリアに流された彼が病床でうなされてみた夢」である。
だいたいが日常に見られない悪夢であり、常軌を逸した夢である。特に二回目の夢では、状況が細かく記されている。何度も何度も斧を振り下ろしても老婆は身じろぎもせずにいて、のぞいてみると老婆は笑っている。大勢の人が犯行を見ていて、ラスコーリニコフは斧を打ち下ろすが、老婆はそのたびに全身を揺さぶりつつ笑うというまさに悪夢である。何度も何度も斧を打ち下ろしても老婆は笑いつついるというのは、彼が精神的に追いつめられていることをさしているのではないかと感じた。エピローグでみる三回目の夢にしても、人間の肉体に食い入る一種の新しい微生物、繊毛虫が現れ、全世界を犠牲に捧げねばならぬという。しかも、その虫は精霊であり、とりつかれた人は発狂するといったように破滅的で世界の滅亡を夢に見るなど、まさに精神的異常を感じさせる。しかし、夢の描写からいえるのは、ドストエフスキーの描写が非常にこまかいということだ。現実と夢とが交錯し、主人公の意識が不安定になる感覚がする。私は「罪と罰」のこのような精巧な情景描写がすきである。
最後になりますが、私が何故「文学C」講義を履修したかというと、ロシア文学に関する講義が受けたかった為です。私は本を読むことが好きな為、ジャンルに関わらず様々な作品を読んできたが、文豪ドストエフスキーの作品は「罪と罰」以外読んだことが無かった。そこで、この講義なら様々な視点で学べると思い履修しました。いざ受講してみると予想以上に説明範囲が広く、ロシア国家の歴史から始まり、文頭で述べたようにロマノフ王朝の誕生から皇位継承、宗教の問題や、ロシア王朝とスラブ派の主張(ロシア正教の教えを忠実に守ること)など、さまざまな視点で、ロシアという私にとってはなじみの薄い国家の風土を黒板の中でだけでも詳しく知ることが出来ました。
現在私は三年生ですが、四年生になって、就職活動が終わったら「戦争と平和」に挑戦しようと思っています。なかなか長大作には手を出しにくいのですが、この講義で知った時代背景を少しでも思い浮かべながら挑んでみたいと思います。一年間ご講義ありがとうございました。