論題:現代市場におけるデリバティブ発達の経緯とその問題点
1.デリバティブの発達の経緯
デリバティブは、株式・債権・為替など昔からある金融商品から派生してできたもので、先物・オプション・スワップが代表である。今日のデリバティブは、シカゴ・マーカンタイル取引所が国際通貨市場を創設し、通貨先物取引を開始した1972.5.16をもって始まった金融派生取引からつながっている。
金融派生商品であるデリバティブが、もともとある金融商品の価格や相場を左右し、実体経済をも動かすようになったのはなぜかというと、その歴史は1971年8月のニクソンショックにさかのぼる。米国ニクソン元大統領による金とドルの交換停止措置を機に、基軸通過ドルは金という実体的な裏付けを失って紙切れ同然になったのである(ニクソンショック)。そして1973年の固定相場制崩壊と変動相場制への移行決定、1973年と1979年の二度にわたる石油危機を契機とした国際商品相場の急騰とその後の下落、1980年代前半のドル高、高金利とその反動、1980年代後半のバブル経済とその崩壊、このような米国を軸とした戦後経済体制が再編を迫られ、市場変動が急速に高まったことがデリバティブの急成長をもたらしたと言える。
また、1980年代末のソ連・東欧の旧共産圏の崩壊は、市場原理の急速な広がりをもたらした。新たに市場経済を受け入れた諸国・地域は、エマージングマーケット(新興経済市場)と呼ばれ、米国などの先進国の資本が急成長の後押しをし、その一方で、一体化した市場において最も効率的な金融取引手段としてデリバティブが発達した。
つまり、必要不可欠な物として発達してきたのである。
2.市場(マーケット)におけるデリバティブの働き
金融は実体経済を映す鏡といわれ、金融の中でもデリバティブは、株式や債券などもともとある金融商品の中からさらに「派生」してできた商品である。デリバティブが「しっぽが犬の胴体を振り回す」と言われるほどに実体経済をも動かす度合いを強めてきたのは何故か、また、株式・債券などもともとある商品の市場(現物市場)しか存在しなかった場合と比べて、デリバティブが出現して以来、市場にどんな変化が起きたかを、先物取引・オプション取引・スワップ取引のしくみと特色を例にあげて考えてみる。
・先物の取引例
先物とは、ある商品を将来のある期日に売買する契約を現時点でするもので、契約時には売買する価格と量を決める。
前提
200円で、ある現物を購入したとする。3ヶ月先物価格が220円で、現在売れば20円の利益が得られる。
@
3ヶ月後に価格が240円に上がっている場合
現在
3ヶ月後
結果
現物
200円で保有
⇒ 240円で売却
= 40円の利益
20円の利益
先物
220円で売却
⇒ 240円で買い戻し=
20円の損失
A
3ヶ月後に価格が160円に下がっている場合
現在
3ヶ月後
結果
現物
200円で保有
⇒ 160円で売却
= 40円の損失
20円の利益
先物
220円で売却
⇒ 160円で買い戻し=
60円の利益
@とAのいずれにおいても、価格の変動によるリスクを回避できる訳であるが、先物は、上記したような価格変動のリスクをヘッジ(保険つなぎ)するのに有効な商品である。もちろん、@の場合に先物を利用しなければ現物だけで40円の利益が得られる計算になるが、先物は将来の損益を現時点で確定するのが目的の商品であって、反対売買による差金決済が一般的である。利益が減ったという考え方はしない。
とはいえ、先物市場参加者全員がヘッジを必要とはしていない。デリバティブにはレバレッジ(てこ)効果があるので、スペキュレーション(大きな利益を得ることを目指す投機)やアービトラージ(先物と現物の価格差から利益を得ようとする裁定取引)の資金も市場に流入して、市場に厚みをもたらしている。
・オプションの取引例
オプションとは、商品をあらかじめ決めた価格で、決めた期間または期日に買ったり売ったりする権利を売買するもので、日本語では選択権売買という。先物と同じように、金融取引が自由化され、高度化、複雑化する中で、リスクを回避するための手法として発達してきた。日本では、通貨自由化が進んできた80年代後半に通貨オプションが普及し、1989年には株価指数オプションが東京、大阪、名古屋の三証券取引所に上場されたのである。
通貨オプションを例に取ると、たとえば、輸出代金を「ドル」で受け取る企業があったとする。この先円高ドル安が進めば利益が減り、逆に円安ドル高が進めば利益が増えることになる企業が、円高になったとき利益減を避けられて、円安になったとき利益増となれるという両者のメリットを同時に受けられる商品がオプションなのである。
円高ドル安による利益減を避けるには、プレミアム(オプション料)を支払って、ドルを売るオプションであるプット(売る権利をプット、買う権利をコールという。)を買う。以下、円価格と利益の関係を示した図に沿って考えてみる。
(以下図参照)
図@のように1ドルが90円でプレミアムが2円のときプットのオプションを買うと、プレミアムを差し引いた1ドル88円よりも円高になるとこの企業は利益が出始める。より円高が進んでも、いつでも90円で売ることができるのだ。つまり円高が80円まで進んでも、プレミアムをマイナスすれば8円の利益が得られることになる。この8円の意味は、何もしないと10円減っていたが、2円捨てたおかげで8円は取り返せたということである。また、プットのオプションを買った時より円安ドル高になったなら、プレミアムを捨ててドルを売れば、より多くの円と交換でき、利益が得られる。よって、この商品は、円高のリスクを回避し、円安のメリットも同時に得られるのである。図Aはドルを買うオプション(コール)を買ったときの表である。原理はプットの買いと同じで、買ったときより円安になればプレミアムで損失を補い、円高になればプレミアムを捨てて、市場で安いドルを買い、輸入代金の支払いにあてる。
図@、Aからもわかるように、オプションの買い手の場合損失は最初に決まっていて、利益は膨らみ続ける可能性を持つことが特徴である。
では、オプションの売り手はというと、図@のプットの買い手にプットを売った図Bの場合、1ドル=90円より円高が進まなければ買い手が払ったプレミアム2円が利益になる。しかし円高が88円より進むと、実際の市場レートよりも高くプットの買い手からドルを買わねばならないので損失が出る。図Aのコールの買い手にコールを売った図Cの場合も、1ドル=90円まではプレミアムの2円が利益となり、円安が進むと損失が膨らんでいく。
図B、Cからもわかるように、オプションの売り手はプレミアムを受け取る代わりに、買い手に応じなければならない。利益は決まっているが、損失は膨らみ続ける可能性を持つ。しかし、資産に一切影響を与えないため、価格変動が予想どうりであれば、少ない資産で多くの利益を上げることができるという特徴を持つ。
・スワップ取引の取引例
資金の受け取りや支払いを交換する取引、商品がスワップで、対象の通貨が同じだと金利スワップ、異なると通貨スワップと呼ぶ。
金利スワップは交換する金利が固定か変動かで三つ(変動と固定、固定と固定、変動と変動)に分かれる。
固定と変動の金利スワップを例とする。ある企業が銀行から資金を変動で借りてるとする。変動であるため、将来の利払い負担は確定していない。金利の上昇による利払いを避けるため、この企業は固定金利の借り入れに変えたい。そういう場合に金利スワップをして、変動金利の受けとりと固定金利の支払いを交換し、利払いを固定するのである。
変動金利
固定金利
銀
行
企
業
スワップ市場
変動金利
スワップによって受け取る変動金利を、銀行に支払う金利と同じ条件にすれば、実質的な資金の流れは固定金利の支払いだけですむということである。
一方、通貨スワップは元本も交換して、それに伴って金利も交換し、最後にまた元本を交換する方法で、為替変動リスクが避けられる。しくみは金利スワップと同じ。
3.デリバティブ取引の問題点
デリバティブでは、証拠金や権利金等の形で最初に資金を用意して取引するため、取引の規模(想定元本)が大きくなる「テコの原理」が働く。読みが当たれば大きな利益が上がる反面、取引が失敗すれば、自己資本が少ない金融機関や投資家は簡単に吹き飛んでしまう。1995年2月のベアリング・フューチャーズの日経先物平均による約8.6億ポンドの損失、1995年3月期の東京証券のインパクトローンの導入による約320億円の損失はそのよい例である。
取引規模の拡大でリスクが増えているうえ、企業会計では貸借対照表に掲載されないオフバランス取引であるため、取引の実態が外からわからないのが実情。このため、国際決済銀行(BIS)を中心に、取引の実態的把握や規制などの方策についても論議がおこなわれている。
「現実には存在しない商品」をやり取りすることで、リスクの回避が可能になり、しかも、架空の商品を取引するため、少ない資金で大きな取引をすることができるのである。日本ではかつて「相場上昇は善い」とされていたが、先物市場の登場によってそれは意味を成さなくなった。現物だけの株式市場なら、株価が下がっても、投資家達が株式を売らないでいれば低下には自ずと歯止めがかかるはず(1987年10月のブラックマンデー時の日本株価の反転)だが、先物市場では「割高な物を売って割安な物を買う」という原理がそのまま働く。だから、現物市場だけだった時代の経験は役に立たなくなっている。
デリバティブは文字どうり内外の各種の市場を一体化している。資金の運用・調達目的に合致するように、リスク(危険)とリターン(収益)を効率的に負担・管理することが可能になるのである。派生商品のほうが効率的でコストもかさまず、現物よりも使いやすい。だから、現物をはるかに上回るはやさでデリバティブが拡大しているのである。現在、デリバティブは単なる派生物でなく、マーケットの中心に位置している。ただ現物市場だけを見ていては、その流れが全くつかめなくなるのは必至であることは言うまでもない。
4.市場の現状
日本国内では、株式などの有価証券の先物・オプション取引は全て取引所に上場する商品でしなければならないという規制がある。つまり、取引所を通さない相対取引は国内では禁止されている。一方、香港やシンガポールなどのアジア市場では、取引所内外でのデリバティブ取引が活発である。
最近では、東京市場に比べた取引コストの安さや、緩い規制が好まれて、日本の市場から、日本物のデリバティブ取引がこれらの市場に移動する動きも起きている。取引所以外でのデリバティブ取引が、香港を中心とするアジア市場で重要性を高めていて、東京と比較した存在感は相対的に高まっているのが現状である。
これは、現物株式の売買が、その構造上多大の利益をあげるビジネスではなくなり、デリバティブ取引に収益を依存せざるをえない時代に突入したことを示す。外国証券の脱東京による「東京市場の空洞化」を進めずに、日本の規制も、世界の流れに取り残されないような規制に改正していくべきである。