日本再浮上の構想

11 世界のなかの日本の将来像―シュミレーション―

担当 松木弥来 白木学

  1. シュミレーションの主たる関心

シュミレーションの主たる関心は、21世紀の世界の中で日本が繁栄を続けられるのか、という問題であり、それをアメリカや中国など主要国との実質的な経済成長ないし経済的シェアの比較を通じて考えてみる。

日本の長期的将来を規定すると考えられる内外の条件

日本自体の条件

  1. 財政構造
  2. 高齢化に伴う所得や富の再分配システムの問題
  3. 産業構造と経済構造の問題

日本を取り巻く世界の条件

  1. 国際通貨と通商システム
  2. 環境問題
  3. 安全保障
  4. 中国やアジアの問題

それらの諸要因を総合した世界における日本の長期的な将来像についての総合的なシュミレーションを、成長会計の方法を用いて試みる。

 

  1. シュミレーション分析の枠組み

経済成長のさまざまなシナリオを、4つの点に沿って整理する。

  1. 日本経済そのもののシナリオ
  2. 中国経済のシナリオ
  3. 日本と中国の相互関係
  4. アメリカなどを含む世界全体の経済の動向

 

  1. 日本の経済成長−2つのシナリオ

今日の日本経済は、財政赤字の累積、社会保障負担の増大、産業空洞化の危険などの困難な問題を抱えているが、今後数年間のうちに抜本的な改革に成功すれば、日本経済は21世紀に先進国としての新たな繁栄を実現できる可能性はある。そうした改革が強力に実施され成功した場合を改革ケースとし、改革が不十分もしくは不成功で、現状の延長線上で推移した場合が非改革ケースである。

 

  1. 非改革ケース
  2. 【人口】

    日本の総人口は出生率の低下を背景に増勢が鈍化している。しかも、少子化と長寿化に加え、団塊の世代が高齢者となるため、人口構成は他の先進国の経験したことのない速度で急速に高齢化する。

    【労働力供給】

    年齢階層ごとの労働力率を一定と仮定しても、人口の高齢化によって平均的な労働力率は低下する。

    【資本ストック】

    企業の期待成長率の低下、経済の成熟化による国内投資機会の減少、加えて海外直接投資の増加といった要因は、民間企業設備投資の伸びを抑制する。

    【技術進歩】

    労働、資本の寄与で説明されない残差として求められる「全要素生産性(TFP)」は、技術進歩の程度をあらわすものである。そのTFP(技術進歩)を左右する主な要因として、研究開発投資(R&D)、技術のキャッチアップ状況、資源配分の改善効果などが挙げられるが、それぞれTFPの上昇率を低下させている。

    【潜在成長力】

    資本、労働、TFPの寄与度を合計して潜在成長率を推計したものが表112である。「非改革」のケースにおいては、長期的に成長力が衰退する。

     

  3. 改革ケース

改革ケースにおいては、労働市場の環境整備を進めることにより労働力供給が増加する。国内産業の活性化によって設備投資も刺激され、資本ストックが増加する。さらに、TFPも、資源配分の改善効果とR&Dの回復で非改革ケースの0,3%よりはるかに高く、0,6%程度に維持されると想定する。

 

  1. 中国経済−2つのシナリオ

中国経済の目覚しい経済成長がこれからも長期的に持続するかどうか。

楽観的要因:農業の自由化、農村工業の発展、対外開放性策などが相乗効果を持って、発展の自律的なダイナミズムが生まれ、それが全国的に波及しつつある事。

悲観的要因: マクロ経済の政策的な制御装置の不備、国有企業の構造的欠陥、エネルギー・食料資源の制約と基礎インフラの不足、ソフト・インフラの不備、党や官僚機構の腐敗、所得や経済機会の地域格差、共産党独裁と市場経済の本質的な矛盾など。

中国経済が長期的に順調に成長を続けるケース(国際化ケース)とそうでないケース(非国際化ケース)の2つのシナリオに分けてシュミレーションを試みる。

 

  1. 国際化ケース
  2. このケースでは経済改革が加速し、また、WTOに加盟することなどにより、経済政策、貿易政策が国際貿易システムのルールに整合化され、その結果、国内市場の歪みが修正される。

     

  3. 非国際化ケース

経済的、社会的、政治的なさまざな要因で、国内の経済改革が進まず、市場の歪みを残したまま成長するケースである。この場合、WTOへの加盟も遅れ、経済および貿易政策の国際化も進まず、世界貿易システムのメリットを生かすことができない。

 

  1. 日本経済と中国経済の相互依存関係―4つのシナリオ

日本と中国との間には貿易や投資など、経済的に密接なつながりがあり、日中の経済的結びつきは、日本と中国の経済のあり方によって大きく異なってくる。

われわれのシュミレーションでは、日本の改革のケース、空洞化ケース、中国の国際化ケース、非国際化ケースを組み合わせて4つのシナリオを描く。

 

  1. 日本(改革)×中国(国際化)
  2. 拡大するアジアの市場と労働資源の利用により、日本の実質経済成長力は強まり、中国も日本からの技術移転と資金供給によって順調に発展する。

     

  3. 日本(改革)×中国(非国際化)
  4. 中国経済の伸び悩みは日本経済にも跳ね返り、成長率は若干低下する。

     

  5. 日本(非改革)×中国(国際化)
  6. 日本の産業構造の空洞化が進む。一方、中国は市場の効率化と開放性策によって発展し、日本からの技術移転もあって高成長を続ける。中国市場の拡大は日本経済に恩恵をもたらすものの、日本経済の停滞は中国の輸出にも悪影響を及ぼすため、成長率はやや低下する。

     

  7. 日本(非改革)×中国(非国際化)

日本市場の非効率性と中国市場の非効率性という二重の歪みが継続する。また、Bよりも急速に空洞化が起きるため、日本経済の成長率は一段と低下する。一方、中国でも経済は不均衡発展となり、政治的にも不安定な状況が続く。

 

  1. 世界経済環境―3つのシナリオ

日本にとっても、中国にとっても世界経済の環境はまことに重要である。世界経済の状況にとりわけ大きな影響を及ぼすのは、言うまでもなくアメリカ経済の動向である。そこで、アメリカ経済について2つのシナリオを想定した。

  1. 順調な成長シナリオ
  2. 停滞シナリオ

世界経済の将来を展望するとき、大きな影響を持つと考えるもう1つの地域はアジアである。

そこで世界経済環境についての3つのシナリオは、

  1. 順調ケース:アメリカ(順調)、アジア(順調)
  2. 停滞ケース:アメリカ(停滞)、アジア(停滞)
  3. アジア成長ケース:アメリカ(停滞)、アジア(成長)

*シュミレーション分析の方法と前提についての要点

日本、中国、アメリカについては、成長会計分析の方法に従い、各国の資本ストック、労働力、技術進歩(TFP)の伸びを想定して、まず、GDPの内需部門の成長を予測し、さらに地域間貿易マトリックス(日本、中国、アメリカ、ASEAN諸国、アジアNIES、アジア計、世界計別に、商品別貿易マトリックスを示したもの)を利用して、これらの国々の外需部門の成長をくり返し演算によって収束値を求める方法によって予測し、GDPの成長を予測した。

 

3シュミレーション結果

日本(改革)、中国(国際化)、世界経済(順調)

このケースでは、日本も中国も、アメリカも順調に成長するが、とりわけ貿易の発展などをてこにして中国が目覚しく発展する。

われわれの分析では、日本のシナリオ2つ(改革、非改革)、中国のシナリオ2つ(国際化、非国際化)、世界経済の3つのシナリオ(順調、停滞、アジア成長)の組み合わせによる計12のケースについてシュミレーションを行ったが、そのうちで、まず、日本が改革に成功し、中国が国際化したケースについてみてみる。

このケースでは、日本と中国が経済的に建設的な相互依存関係を発展させ、しかも、世界経済の環境条件が順調であると、長期的には中国は経済的に超大国になっていくことが予想され、またアメリカにも並ぶ軍事大国となり得る可能性も過小評価すべきではないだろう。

 

日本(非改革)、中国(非国際化)

このシナリオのもとでは、日中両国は分業と協業のメリットを生かすことができず、おのおのの経済成長は著しく制約されざるを得ない。また、日中両国で改革が進まなかった場合には、改革が成功した場合に比べ、長期的には国民所得の三分の一から半分も失う。改革の成否は、このように、経済の長期的将来に非常に大きな違いをもたらす可能性がある。

 

 

 

 

 

世界経済(停滞)

世界経済に深く依存している日本経済は、世界経済が混乱もしくは停滞すると、国民所得を二割近くも失うという大きな損害を受けるのである。しかし、世界経済が停滞していても、アジア経済が活発に発展している場合を想定して、その日本への影響を見てみると、日本経済が中国以外のアジア地域とも、貿易関係を通じて密接な相互依存関係にあり、日本の長期経済戦略にとって、アジア地域が極めて大きな地位にあることを示している。

 

4日本の長期的将来

以上の分析結果は、世界における日本の長期的将来の姿について、幾つかの重要な示唆を与えるものである。

  1. 日本が経済改革に成功するか否かによって、日本の将来の姿は著しく異なってくること。
  2. 中国との関係の重要性。
  3. 世界経済の環境条件は、日本のように世界経済への依存度の高い国の将来にとって、きわめて大きな影響があるということ。

世界経済の環境条件の悪化は、日本経済にとってはGDP二割程度に相当するコストとなるという分析結果の意味は重い。日本は、こうした環境条件をより望ましい方向へリードしていくために、日本自体の大きな影響力を自覚して、最大限の戦略的な働きかけをすべきであろう。