今週の顔


バレエ入門


経済学部国際経済学科2年 岡田茉里

私はこれを書くにあたって、一番自分にとって身近であり、これを読んでくださる人に伝えたいと思ったことについて書きたいと思います。

突然ですが、私は3歳からバレエを習っています。中学生の時の私は、何かにとりつかれたかのように、踊り狂っていた(!?)時期もありましたが、今は趣味の一つとしてやっています。(あの頃は、本気でバレリーナを目指そうと思っていたのかも…。)

さて、前置きが長くなりましたが、多くの人は「バレエ」という言葉は知っていても、どんな歴史があるのか?どんなバレエダンサーがいるのか?というような細かい部分までは知らないと思います。そこで今回私は、自分なりにバレエの魅力(!?)バレエの概要を書き、皆様に伝えたいと思います。

☆ バレエの始まり
バレエのルーツは古代ギリシャ時代無言劇(シャレード)まで遡る考えもありますが、通常中世イタリアの貴族の館で行われていた舞踊会が起源であるとされています。その後、このような踊りはフランス宮廷文化が栄えるのに連れてフランスで盛んになり、特にルイ14世は自らもバレエを踊り、1661年王立アカデミーを創設、まもなく建設されたパリ・オペラ座を舞台にして、数々のバレエを演じました。ルイ14世が引退すると、その後は次第に職業舞踊家が現れます。当初は、男性の舞踊家が圧倒的に多かったと言われています。またこの時期は、ストーリーのある物語構成で踊りが進行していくという「バレエ・ダクシオン」が生まれます。

☆ ロマンティック・バレエ
17〜18世紀の女性の舞踊家は普通のヒール靴で踊っていましたが、そこに「マリ・タリオーニ(1804‐1884)」という一人の天才バレリーナによって演じられた「ラ・シルフィード」で、彼女はトウ(つま先)で立って踊る技術(ポワン)を試みたことから、以後競ってバレリーナたちがつま先で立って踊るようになった、つまりトウシューズを履いて踊るようになったと言われています。これ以後、19世紀前半に確立したバレエの様式を「ロマンティック・バレエ」と呼び、この頃に標準的となったバレリーナの衣装が、裾の長い円錐形に広がる「ロマンティック・チュチュ」です。そしてこの時代の代表作が、「ラ・シルフィード」「ジゼル」です。

☆ クラシック・バレエ
19世紀後半マリインスキー劇場(現キーロフ劇場)を中心に活躍し、新しいスタイルのバレエを確立したのがマリウス・プティバ(1818‐1910)でした。プティバはチャイコフスキー作曲で「眠れる森の美女」「白鳥の湖」などの作品を成功させ、これらの作品の中で、現在の基本的な動き(ダンス・クラシック)が確立されました。この時代に確立したバレリーナの衣装が、裾の短い傘のように広がった「クラシック・チュチュ」です。この衣装が生まれたのは、ロマンティック・チュチュではよく見えない足の動きの美しさを見せるためです。
そして、上の2作品とちょうど同時期にできた「くるみ割り人形」を加えた3作品を、一般的に「三大バレエ」と呼んでいます。

☆ モダンバレエ
20世紀に入ると、今度はまた新しい動きが出てきます。それは、ストーリーと関係ない群舞をやめるなど、それまでの形式を重んじたバレエから装飾的なものを取り去り、より物語の内容に重点をおくというものです。

以上が大まかなバレエの流れとなります。しかし、私がここで書いたことは「バレエ」という枠のほんの一部にしか過ぎません。よって私としましては、是非一度バレエを観るということをオススメしたいと思います。私が書いた文章をここで読んでいるより実際に劇場へ足を運んだ方が、はるかに「バレエ」というものを、分かることができるのではないかと思います。また、いつもとは違った空間を楽しめると思います。(ちなみに、私は2月に某バレエ団の「新・白鳥の湖」を観に行き、感動のあまり大泣きして帰ってきました。今考えるとかなり恥ずかしいのですが、、、(*_*;))

最後に、ここまで私の拙い文章にお付き合い下さった方、有難うございました。尚、この文章についての苦情、質問、感想等、何でも受け付けるつもりですので、もし宜しかったら下記の方へメールお願いします。

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