ドイツ演劇2006年  自主検閲批判と文化の多様性保護条約採択

                               寺尾 格

 2006年がモーツァルト生誕250年(1月27日)にあたることは日本でもかなり話題になったが、現代演劇を語る際に不可欠の二人はどうだろうか。ベケットが生誕100年(4月13日)で、ブレヒトは死去50年(8月14日)、どちらも演目のラインナップの定番ではあるが、ドイツではやはりブレヒトの方が目立つ。ブレヒトと共にベルリーナー・アンサンブル劇場で活躍し、1978年に東独を離れたスイス人ベンノ・ベッソンが1月、パリのコメディーフランセーズでの『オイディプス王』演出中にガンで死去。83歳であった。アウグスブルクのブレヒト賞はデア・ローアーが「断固たる啓蒙の演劇詩人」として受賞。

 

  気候の良い5月から秋にかけて、ヨーロッパ各地では演劇祭が開催される。ベルギーのブリュッセル(5月)、フランスのアヴィニヨン(6月)やイギリスのエジンバラ(8月)あたりが有名だろう。ドイツ語圏でリストに挙がる都市を数えてみたら、ドイツ117、オーストリア19、スイス5という数字になった。一都市でも時期を変えて複数(例えばベルリンは7、ミュンヘンが4)の演劇フェスティバルがあるから、総数は五割増しぐらいになる。例えば1927年から毎年続けられている春のウィーン祝祭週間は演劇+音楽で5月半ばから5週間続く。モーツァルトの歌劇5本やらウィーン・フィルのコンサート等が目白押しだが、1997年から演出家のルック・ボンディが演劇部門のコーディネートを行い、昨年は内外の演劇作品22本を精選している。ちなみに2002年からはボンディが全体の総監督にもなり、更に3年の延長が決まっている。昨年報告済みのパリ初演のボート・シュトラウス『はずかしめ』やヨッシ・ヴィーラー演出『四谷怪談』などと並んで、南アフリカやアメリカの劇団の作品(ソフォクレス作品のアメリカ風改作『コロノスのゴスペル』など)も並んでいるが、話題作は何と言ってもユルゲン・ゴッシュ演出の『マクべス』(2005年9月、デュッセルドルフ、シャウシュピール劇場)とオールビー作『ヴァージニア・ウルフなんか恐くない』(2004年11月、ベルリン・ドイツ座)。ゴッシュは1943年旧東独生まれで、80年代終わりにベルリンのシャウビューネ劇場で演出を行ったものの長い間目立たなかったのが、この二〜三年、急速に注目を浴びるようになった。特に『マクべス』は血まみれの床の上に乱雑にひっくり返ったテーブルや椅子を前に、王冠以外は完全に丸裸のマクベスが両性具有の夫人と座っている舞台で、「際限ない暴力」と「人間的な汚濁」の「詩的なイメージ」という批評がある。2005年/06年シーズンのテアター・ホイテ誌の劇評家アンケート・ベスト演出ともなった。

 

 ウィーン祝祭週間と時期的にほぼ重なるのが、ベルリンの演劇祭(5月5日〜21日)で、上述の『マクベス』もラインナップに入り、ゴッシュ演出は更にチェーホフ『三人姉妹』(2005年9月、ハノーファー・シャウシュピールハウス)も招待作品。またリミニ・プロトコルの企画集団によるシラー作『ヴァレンシュタイン』(2005年6月 マンハイム・シラーフェスティバル)も非職業俳優が各人の自分史を語る構成パフォーマンスで話題となり、これは11月に東京ドイツ文化センターで記録映像が紹介された。

 

ほぼ同じ時期に新作戯曲を対象としたミュルハイム演劇祭(5月13日〜6月3日)もあり、今年の対象作品8本からルネ・ポレシュ作の『カプツェット・ロッソ』(2005年10月、ベルリン・フォルクスビューネ劇場)が最優秀賞となった。これはザルツブルク芸術祭(6月23日〜8月31日)との共同製作。タイトルはイタリア語で「赤頭巾」だが、グリム童話とは全く関係のない「反資本主義・反グローバリズム」を四人の俳優の「演劇の皮肉な自己省察」でつづるスタイルは、4月に東京のベニサンピットでポレシュ自身の演出によって日本初演された『皆に伝えよ!ソイレント・グリーンは人肉だ』とも共通する。ちなみにポレシュは「テクスト主義」だとして、リミニ・プロトコルは批判しているらしい。

 

テアター・ホイテ誌の劇評家アンケートによる昨年前期までのシーズンのベスト戯曲が、オーストリアの作家ヘンドゥル・クラウスの『暗く誘う世界』(1月、ミュンヘン・カンマーシュピーレ劇場)で、ベルリンとミュルハイムでもリストに挙がった。南米に行くことになった口腔外科の女性医師と大家との対話が第一部、第二部が植物学者の母親との対話、そして最後は母親と大家の対話と、わずか三名だけの一見取りとめない会話が続く劇だが、場面の進行につれて三名の関係性が少しずつ暗示されてゆく。沈黙を凝縮させた対話はシュニッツラーを思わせるが、核心を常に遠回りするような雰囲気は最後まで持続する。

 

アンケートの二位が、1964年トルコに生まれ、直後にドイツに移住したフェルドゥン・ザイモジュルで、すでにジャーナリスト・作家として知られている。『黒い乙女たち』(3月、ベルリン・ヘッベル劇場、映画監督ネコ・ヒェリクの初演出)は、ドイツに住む若いイスラム女性が次々と繰り出すモノローグ劇で、オリエンタリズムからのセクシャルな対象となるトルコ女性の様々な性的自意識と、ラディカルな宗教原理主義を露わにする内容と共に、引用と直接法の錯綜するシンプルなつぶやきの文体にも独特の迫力がある。

 

ローラント・シンメルプフェニッヒの新作『グライフスヴァルダー通り』(1月、ベルリン・ドイツ座、演出ユルゲン・ゴッシュ)は実在の通りを舞台にした24時間を描く。相互の場面が一見バラバラの64場面が、実はゆるくつながってもいる社会パノラマ劇と言える。同じ1月にミュンヘン・カンマーシュピーレ劇場初演が1975年生まれのアーニャ・ヒリングの三作目『モンスーン』(演出ローガー・フォントーベル)で、子供をめぐる別れ話に悩むレズの女が子供をひき殺す事故を動因とし、子供の夫婦のトラブルともからまりあうのだが、テンポの良い映像的な場面のつながりは、やはり相当にゆるい。同じ作者の同じアンサンブルによる9月初演の『天使』(演出フェリキタス・ブルッカー)では、ついに時間も混乱し、筋も断片的で何の統一も見られない「出会いの万華鏡」ということになる。

 

ところで批評家によるオペラ・ベスト演出で、前回報告のヨッシ・ヴィーラー演出『ファウスト』をグノー作曲と書いたが、これはブゾーニだとのご指摘を受けたので、お詫びして訂正する。昨シーズンのオペラ・ベスト演出もヨッシ・ヴィーラーで、今度はグルック作曲の『アルセスト』(1月)。上演したシュトゥットゥガルト国立オペラ座は年間ベスト・オペラ座にも選ばれた。

 

文化大臣クリスティーナ・ヴァイスは党派性を超えたインテリ文化人であったが、キリスト教民主同盟(CDU)の党人政治家ベルント・オットー・ノイマンに変わった。ドイツ舞台協会はCDUのメルケル首相に対して、「収益重視による文化政策の衰退と破壊」への抗議声明。ちなみにユネスコの第33回パリ総会(2005年10月)において圧倒的賛成で採択された「文化の多様性保護条約」は、ドイツでは演劇政策がらみで相当に大きく取り上げられたのだが、「新たな貿易障壁」としてアメリカとイスラエルのみが反対した事実も含めて、日本ではほとんど話題にならなかったのは何故だろうか。

 

1920年代からベルリンの繁華街クーダム通りで人気の商業劇場「クーアフュルステンダムのコメディ座」は補助金なしで続けていた経営が、ビル全体のショッピングモールへの立て替え計画で、これまでの家賃の借金40万ユーロと引き換えに閉鎖となった。「年間24万人の集客効果」の喪失は落ち目のクーダム地区にはボディーブローだろう。抗議署名は5万人集まり、2000名が抗議デモを行った。ベルリン国立オペラ座の改修計画は5000万ユーロずつ国と州が負担し、残り3000万ユーロが募金という皮算用。3月にはエルフルトの劇場建設で談合疑惑が発覚。1997年以来、29もの建設プロジェクトで疑惑が明らかになり、少なくとも500万ユーロ以上の損害が見込まれるとのこと。損害と言えば、ボーフムのシャウシュピール劇場が9月に火事で大損害。市民の寄付が一ヶ月で12000ユーロ集まったとのこと。 

 

火事と言えば、サーシャ・ヴァルツによるダンス最新作は火事を扱った「混乱と再生の可能性」の『潮の干満』(2005年11月)ベルリン・シャウビューネ劇場は1999年からコンビを続けていた演劇部門オースターマイヤーとダンス部門のサーシャ・ヴァルツとの分離が確定。ヴァルツは東駅のそばの工場跡地に自前のダンス劇場「ラディアルシステム」を設立。オースターマイヤー演出シェイクスピア『夏の夜の夢』(初演2月9日)は、テクストを完全に解体して、ダンスとコラボレーとした意欲的舞台。ヴァルツは東駅のそばの工場跡地に自前のダンス劇場「ラディアル・システム」を設立。ただしこれまでの五作品は引き続きシャウビューネで、年間25回の公演を約束している。2005年6月に世田谷パブリック劇場でのシャウビューネ公演でイプセン『ノラ』を演じたアンネ・ティスマーが、やはり自前の劇場「バルハウス・オスト」を設立。ファスビンダーの『マリアブラウンの結婚』を演じる。

 

フランク・カストルフはベルリン民衆劇場の総監督を2010年まで延長。ウィーン・ブルク劇場の総監督は、クラウス・バッハラーがミュンヘン州立劇場に移る代わりに、チューリッヒで芸術監督であったマティアス・ハルトマンが2009年より就任する。クリスティァン・シュトゥックルはミュンヘン民衆劇場の総監督を2007年から更に3年延長。

 

コソボ紛争で戦争犯罪の嫌疑のかけられていたミロシェビッチ元大統領の葬儀への参列問題をめぐる批判に嫌気をさして、6月にハイネ賞を辞退したペーター・ハントケの『問いの技法』(1994年)が、パリのコメディー・フランセーズ劇場で上演のはずが、ハントケのミロシェヴィッチ擁護の発言に反発して拒否され、ルック・ボンディ、クラウス・パイマン、エルフリーデ・イェリネクなどが「検閲」と反発。他方、ムヌシュキンなどは拒否を正当と反論。「検閲」に関して昨年後期の話題のトップとなったのが、ベルリンのドイツオペラ座でのモーツァルト『イドメネオ』(初演2003年11月、演出ハンス・ノイエンフェルス)。9月再演の予定が、キリスト、ブッダ、モハメド、孔子の生首が出る場面に対する警察からの危惧で中止。イスラム・テロへの過剰反応の自主検閲と各方面から猛烈に非難され、総監督キルステン・ハルムスの責任問題にまで発展。結局11月に二回だけ、厳重警備の中で実施された。

 

テロリズムに関しては、エルフリーデ・イェリネクの新作『ウルリケ・マリア・シュトゥアルト』(初演10月、ハンブルク・タリア劇場、演出ニコラス・シュテーマン)は、テロリズムがドイツ中をヒステリーに陥れた1970年代のドイツ赤軍の中心人物であるウルリケ・マインホフとグードルン・エンスリンの二人を、シラーの戯曲のマリア・シュトゥアルトとエリザベス女王に重ね合わせるという趣向だが、マインホフの娘が「嘘八百のイカモノでドイツ赤軍へのアピールでしかない」と抗議。しかしイェリネクのテクストはシラー、シェイクスピア、ビュヒナー、マルクスにドイツ赤軍のオリジナルな手紙や秘密通信文などを複雑にコラージュしており、ドイツ赤軍へのシンパシーを感じ取るのは難しいだろう。イェリネクの独特のリズムの饒舌ぶりは、例えば「そんなに沢山書いて、そして書いて、そして書いて、そして考えて、そして書いて、そして考えて、そして書いて、そして考えて、そして書いた!」

 

昨年は論創社より刊行されている「ドイツ現代戯曲選30」が順調に出版され、本報告が出される頃には完結しているはず。日本で上演されたドイツ現代戯曲もアイナー・シュレーフ『ニーチェ』(Port B)、ジョージ・タボーリ『わが闘争』(うずめ劇場)など数多い。その種の情報は「ドイツ演劇プロジェクト2005-2007」のホームページに集約しているので、ご利用をどうぞ。 http://homepage2.nifty.com/famshibata/index.html

 

                        本文40字×132行

 

THEATER YEAR-BOOK 2007 国際演劇年鑑

Theater abroad 諸外国の演劇事情 105頁〜111頁

 発行 2007年3月27日

国際演劇協会(ITI/UNESCO)日本センター