三浦修論


筆記方法の違いが筆記開示に与える影響

三浦麻由佳

 Pennebaker & Beall(1986)は、トラウマ的出来事について筆記することで、身体的・精神的健康が促進される筆記開示を提唱した。以降、筆記開示について、筆記開示の効果、筆記開示効果の機序、筆記開示の方法などについて多くの知見が積まれてきた。近年では紙を用いて手書きで行うことが一般的であった筆記開示を、パソコンを用いてタイピングで行う研究が行われている(Brewin & Lennard, 1999; Sharp & Hargrove, 2004)。しかし、これらの先行研究には、効果の測定に用いた指標の不足、筆記開示の回数不足などの問題点があると考えられた。そこで、本研究では、筆記開示の回数を検討したうえで、精神的・身体的指標としてPANAS, GHQ28, POMS2を使用し、また、開示内容についてテキストマイニングを行うことで、量的・質的の量観点から筆記方法の違いが筆記開示に及ぼす影響について検討した。仮説として、手書きでの開示と比較してタイピングでの開示の方が身体的・精神的指標は改善され、また、開示内容に洞察語や因果関係語が多く見られると考えられた。
実験参加者は大学生68名であった。実験にはgoogleフォームを用いた。実験課題を行う前に、参加者はgoogleフォームにアクセスし、実験で使用する日常生活で最も使い慣れた端末で送受信可能なメールアドレスを登録した。アドレスを登録した参加者はプログラムにより“手書き開示群”、“タイピング開示群”、“手書き統制群”、“タイピング統制群”の4群に無作為に分類され、それぞれの群に応じた課題が添付されたメールが翌日以降に送信された。筆記は3日間連続、1回5分であった。量的分析として、筆記開示の効果を測定した指標について、教示要因2(開示群、統制群)×筆記方法(手書き群×タイピング群)×測定地点3(pre, post, follow up)の分散分析を行った。また、質的分析として、開示群の開示内容について“洞察語”“因果関係語”、“感情表現語”、“自己指示語”を抽出し、計測した。そのうえで、より感情価を含む単語が多かった形容詞について主成分分析を行った。
結果、手書き群とタイピング群の比較、および手書き開示群とタイピング開示群との比較では、主に実験終了一ヶ月後(follow up地点)において、手書き群、手書き開示群の身体的・精神的指標が急激に悪化していた。さらに、手書き群、手書き開示群はタイピング群、タイピング開示群より健康度が悪化していた。これには、環境要因およびサンプルサイズが影響したと考えられた。開示群と統制群との比較では、実験終了直後(post地点)において、統制群の身体的・精神的健康が開示群より改善していた。これには、統制群の課題の内容が影響していると考えられた。質的分析において、手書き開示群ではネガティブなことが主に筆記された。具体的には自己、他者、課題、対人関係においてネガティブであることが筆記されていた。一方でタイピング開示群ではポジティブな感情とネガティブな感情のどちらも抱えつつ、ポジティブな感情の方をより強く感じているような筆記がされていた。具体的には特に他者についてはポジティブな感情が筆記されていた。ただし課題についてはネガティブな感情が筆記されていたことは、手書き開示群と同様であった。以上を踏まえると、手書き開示群は、開示をするうえで、抱えている不安についてのみの筆記をしていた。一方で、タイピング開示群は、開示をするうえで、抱えている不安だけではなく、不安の捉えなおしなども行ったため、ポジティブな筆記がより多くされていたものであると考えられた。タイピング開示群においては不安の捉えなおし、つまり認知再構成が行われたと考えられた。タイピング開示群は認知再構成が行われていたことで、手書き開示群が身体的・精神的健康について急激な悪化示したfollow up地点において、タイピング開示群は同様の環境にありながら、大きく指標を悪化させることがなかったと推察された。手書き開示群において認知再構成が行われず、タイピング開示群で認知再構成が行われたことについては、タイピングの特性が挙げられた。仮説に挙げた通り、タイピングにおけるは認知的負担が少ないことで洞察が進み、認知再構成が行われたと考えられた。今後、サンプルサイズを増やし、認知再構成について検証していくことが必要であると考えられた。