村上修論


怒りの鎮静化過程と対処行動の選択方略の関係

村上璃佳

 喜怒哀楽という言葉で表現されるように、人間には様々な感情がある。しかし、人間の基本的な感情はその中でも快感情と不快感情に大別することができる。不快感情であっても感情それ自体には善悪の区別はないはずである。だが、怒りは他と異なり、一般に否定的な対人感情として扱われることが多く、ことにその対人場面での表出は抑制されるべきであると考えられているように思われる。 それは、怒りが対人的な問題行動と考えられる攻撃行動との関連において扱われてきたこと、怒りの表出が相手にはより攻撃的に捉えられやすく(Averil1, 1982)、さらなる対人葛藤を生むなど対人的に否定的な結果を導く可能性があることなどによるものと考えられ最も抑制されやすい感情ということが考えられる(井上, 2000)。大渕(1986)により、他者の敵意や怠慢あるいは自己中心的動機による言動に対しては強い怒りが喚起されることを実証した人間に普遍的な心性に関する研究が行われている。人が何に怒りを感じるのか、その原因を解釈することが重要と考えられる。日常的な対人関係の中で経験されるであろうフラストレーション場面をあらかじめ設定し、参加者のストレスに対する反応パターンを測定する心理検査としてP-Fスタディ(Rosenzweig, 1945)がある。P-Fスタディの質疑法を用いることで、発言と内心という2つの反応が測定でき、これは攻撃性の表出およびコントロールの問題と関連がある(鈴木, 2012)。Potter-Efron(2005)は、怒りを表出させたとしても適切な方法で行うことや、不必要な怒りの増大や表出防止、対立解消スキルの学習援助を目的としたアプローチとしてアンガーマネジメントを提唱している。怒りへの対処法としての有効性が示されている。怒りに対してはその原因や抑制法を追究するのではなく、一旦怒りが喚起された後の行動をいかに適切な方向へコントロールするかを探求することがより重要であると考えられる。
 本研究では、研究1で人々がどのような場面に怒りを感じ、どのように対処することで怒りを鎮静させるのかAverill (1982, 1983)による怒りの反応過程を使用し、沈静化過程を探索的に検討した。研究2では個人特性に因らず、場面ごとに怒りの沈静化には何が影響するのかについて明らかにすることを目的として研究を行った。
 研究1の結果から、怒りを鎮めるためにはその状況で怒りを感じた原因を自分なりに解釈することが要点であることが推測される。その際に取る手段は、客観的に見れば必ずしも合理的ではない解釈や原因帰属の仕方であっても、個人で納得できる内容であることが重要と考えられる。原因の解釈だけのみならず、状況を振り返るという時点である程度の冷静さが求められるとも言えることが考えられる。研究2の結果から、自分が何かしらの行動をすることでその場面に関与している場合、自分の行為に対し否定的な行動をされた場合、反省的な思考よりも被害感が勝ることが考えられる。他者の敵意や怠慢あるいは自己中心的な動機による言動に対して強い怒りが喚起されることから(大渕, 1986)、自分が起こした悪意のない行動に否定的な対応をされた場合、相手に敵意を抱きやすいと推測される。そうした際に、自責的な考え方は有用ではないことが示唆された。さらに、どこにも原因を求めないあるいはその場面について考えないようにするという行為は、怒りの変化との関係が認められないことが明らかになった。怒りを感じる場面について考えないようにする行為は怒りの鎮静には結びつかないと考えられる。
 今後の課題として、現代社会の生活場面を考慮し、SNSなどの非対人場面を取り入れて調査を行う必要があるだろう。