概日リズム障害に関する基礎的研究
菊池太賀
地球環境は24時間の間に周期的に変動しており、生物は概日リズムという機構を用いてその周期的な変動に効率的に適応している。概日リズムの最も強力な同調因子は光であり、従来概日リズムは日照を中心とした地球環境の変化によって同調されてきたが、近年の照明の発達や生活様式の変化により、概日リズムの障害が問題視されるようになってきた。哺乳類の持つ3種の光受容器は、それぞれ桿体細胞が夜間から夜明けにかけての暗い時間帯、メラノプシン網膜神経節細胞が桿体細胞の飽和する昼間の時間帯を中心的に制御し、錐体細胞は昼間の急激な照度上昇を元にその情報を修飾する役割を担っていると考えられている。
ところが、メラノプシン網膜神経節細胞の研究の歴史が浅いこと、また遺伝子改変動物を用いた検討から得られた知見であることから野生型の動物においても同様かどうかは疑問が残る。そこで、野生型のマウスにおいて、桿体細胞が飽和する照度で、かつ錐体細胞の影響を除外した照明の条件下でも、概日リズムの光同調が行われるかどうかを検討した。
桿体細胞の飽和する照明に24時間暴露(L/L条件)し、概日リズムを自由継続させたマウスに対し、さらに高い照度の照明を12時間暴露(L/L+条件)したところ、L/L条件では自由継続周期由来らしい活動の波を観察できた個体もいた。一方、L/L+条件では、主観的夜となる刺激光を提示していない時間帯にマウスの活動量が相対的に多くなったが、まとまった形での増減ではなく、不規則な変化となった。これらのことから、今回の条件下では、マウスの概日リズムは明暗周期に影響を受けているものの、完全には同調しなかったといえる。今回の刺激は桿体細胞と錐体細胞から概日リズムへの影響が生じないと考えられるため、野生型のマウスの概日リズムの光同調にとって、3種類の光受容器が互いに情報を補完し合うことが重要である可能性がある。また、概日リズムの位相後退は1週間程度で終結するが、位相を前進させる場合は2週間程度を要するため、今回の計測期間ではマウスの光同調が終結しなかった可能性がある。なお、本研究ではマウスの行動解析にDeepLabCutを使用したが、練度不足や実験装置との干渉により、探索活動等のマウスの活動を正確に拾い切れず、量的な指標に反映させることができなかった。また、使用機材の制限により撮影期間や撮影時間が短く、統計検定を実施するに至るだけのサンプル数を揃えることができなかった。今後の展望として、使用する実験装置の再考、また、撮影期間や被験体の個体数を増やしてサンプルデータを多く収集することを提案したい。