高齢者における、遂行機能と気分との関連
風間麻莉菜
高齢者におけるうつ病は自殺の大きな要因と考えられるが、高齢者におけるうつ病は若齢者のうつ病と異なる症状が呈されており、器質的な変化が影響を及ぼしていると考えられる。また、うつ病と関連が認められている遂行機能も脳の萎縮という器質的変化によって、低下していると報告されている。そのため、うつ病の器質的変化は、遂行機能の特徴に現れると予想される。しかし、遂行機能は単一の機能ではなく、複数の下位要素から成り立っているため、複数の遂行機能について検討する必要がある。これまでの研究で高齢者における遂行機能とうつ病の関連について報告されているが、これらの研究で評価される遂行機能は実験室場面で評価される遂行機能であり、日常生活場面での遂行機能とは異なる側面を測定していた可能性が考えられる。遂行機能の障害は、日常生活場面においてその障害が顕著になるため、日常生活場面における遂行機能を評価する必要がある。高齢者のうつ病と日常生活場面における包括的な遂行機能の関連を明らかにすることで、若齢者とは異なる高齢者のうつ病の特徴が明らかになるのではないかと考えた。本研究の目的は、高齢者における、遂行機能と抑うつ気分を中心とする気分の関係について検討することである。69名の高齢者に対して、遂行機能を評価するBRIEF-Aと気分状態を評価するPOMS2を用いて質問紙調査を行った。その結果、POMS2の「抑うつ-落ち込み」とBRIEF-Aの「抑制」「感情コントロール」「自己モニタリング」「発動性」「BRI」「GCE」において、有意な正の相関が見られた。また、遂行機能がPOMS2の「抑うつ-落ち込み」に与える影響を検討するために、POMS2の「抑うつ-落ち込み」を基準変数、BRIEF-Aの全ての下位尺度を説明変数とする重回帰分析を行った。その結果、BRIEF-Aの「抑制」がPOMS2の「抑うつ-落ち込み」を説明している可能性が認められた。
以上の結果から、遂行機能の全般的な遂行機能が低下すると、抑うつ気分が高まると考えられる。また、高齢者においては、自身の行動や感情的な反応を適切に制御する能力の低下は、抑うつ気分の上昇に繋がる可能性があると考えられる。さらに、抑制機能の低下が抑うつ気分の上昇に影響していることが示唆された。感情コントロール、自己モニタリング、発動性が機能しない参加者ほど、抑うつ気分が高い可能性も示唆された。以上のことから、高齢者におけるうつ病の場合、遂行機能の中でも自身の行動や感情的な反応を適切に制御する能力が低下している可能性が考えられる。特に、衝動に駆られないなどの抑制能力や適切なタイミングで自身の行動を止める能力の低下が、高齢者のうつ病では大きく関係している可能性が示唆される。
若齢者を対象に、遂行機能と抑うつ気分を中心とする気分の関係について検討した研究との比較から、抑うつ気分と遂行機能の関係は、年齢の影響を受け、高齢者と若齢者ではその関係が異なると考えられる。この違いの要因の1つとして、器質的な変化が影響している可能性がある。遂行機能が関与しているとされる前頭前野は、加齢に伴う体積の変化が大きい。また、うつ病に対する脳機能画像研究から、前頭前野背外側領域と前頭前野内側領域において脳血流や糖代謝異常が見られることが報告されており、高齢者のうつ病の場合には、前頭葉の特に抑制系の低下のような器質的な変化も生じていると考えられるため、若齢者と比較して器質的な変化に大きな影響を受けている可能性がある。そしてこのような構造の違いが、抑うつ気分と遂行機能の関係の違いを生じさせたのではないかと考えられる。
高齢者におけるうつ病の場合、遂行機能の中でも自身の行動や感情的な反応を適切に制御する能力が低下している可能性が考えられ、特に、衝動に駆られないなどの抑制能力や適切なタイミングで自身の行動を止める能力の低下が、高齢者のうつ病では大きく低下している可能性が示唆される。そのため、抑うつ気分が高い高齢者への支援として、認知機能トレーニングや運動の習慣的に行うことで、抑制機能が向上し、それに伴う抑うつ気分の低下が軽減され、うつ病における自殺予防になると考えられる。
今後の課題として、調査方法を統一することや、様々な方法で調査をする場合には、群間の比較をする必要がある。また、認知症によっても、遂行機能は低下すると報告されているため、認知症の影響についても、考えることが必要である。そのため、認知症と定型的な加齢の違いによる遂行機能と抑うつの関係についても検討する必要がある。