日韓比較を通した親からの期待認知が子どもの強迫傾向に及ぼす影響
―親孝行に関する媒介効果の検討―
安 明熙
要約
背景と目的
日常生活において,私たちは毎日のように,窓を閉めたり,あるいはガスの元栓をしめるといった行為行っているが,ドアの鍵や窓,ガスの元栓などを閉めた後にも,何度も確認したりするといった反復的な行為を行う人も少なくない。何度も確認しないと不安になり,確認を反復的にせざるを得ず,戸締り確認などに多い時間を費やしたりして,日常生活に支障をもたらしている障害として強迫症がある(American
Psychiatric Association, 2013; 李,2011)。強迫症の形成要因の一つである強迫観念は,必ずしも病的なものではなく,健常者にも似たような傾向が見られると示された(Rachman
& De Silva,1978)。こうした健常者に見られる強迫的な状態を,強迫傾向と呼ぶ。
強迫症の発症の原因としては,親の養育が挙げられている(李・山下,2008;吉田他,2001)。親が過剰に干渉したり,期待していると子どもが知覚しているほど,強迫傾向が強まるとされている(ジョン,2011;西村,1999)。さらに,親の期待には文化差が存在しており,親の期待には親孝行という要因が関連していると考えられる。
本研究では,日韓比較を通した親からの期待認知が,強迫傾向にどのような影響を及ぼすのかについて検討する。また,強迫傾向と親からの期待認知との関連に,親孝行が影響を及ぼしていると考えられるため,親孝行の媒介効果の検討を行う。異なる文化による親の期待認知が強迫傾向に影響するプロセスを検討し,親孝行を媒介分析することで,将来的に強迫症の予防に役に立つこと,強迫症の考察を深めることを目的とする。
方法
強迫傾向の測定には,MOCIの邦訳版を用いた。親孝行の測定には,親への支援行動尺度を用いた。 親からの期待認知の測定には,親の期待する内容の認知尺度を用いた。
結果
各変数における平均得点を用いて,t検定を行った結果,日本人大学生群と韓国人大学生群で差が見られ,韓国人大学生群のほうが,全ての変数において,平均得点が高かった。次に,強迫傾向の得点と親の期待認知の得点の相関分析を用いて検討した結果,全参加者においても,各群においても,有意な関連が見られなかった。そのため,親の期待認知と親孝行の下位尺度の得点と強迫傾向の得点の相関分析を行った。その結果,日本人大学生群では,親の期待認知の下位尺度の「自己実現」と「社会的受容」,親孝行の下位尺度の「家族の絆を強める」に有意な相関が見られた。
韓国人大学生群では,強迫傾向の得点と親の期待認知の得点には有意な相関が見られず,強迫傾向の得点と親孝行の下位尺度である「経済的支援」に有意な傾向が見られた。重回帰分析にて,強迫傾向に及ぼしている影響を調べると,日本人大学生群では,親の期待認知の下位尺度の「社会的成功」と親孝行の下位尺度の「家族の絆を強める」にも関連が見られた。韓国人大学生群では,強迫傾向の得点と親孝行の下位尺度の「家族の絆を強める」に関連が見られた。最後に,媒介分析にて媒介効果の検討を行った結果,全参加者においても,各群においても,媒介効果が見られなかった。
考察・結論
強迫傾向に寄与する親からの期待認知の内容には,日本と韓国で異なる内容を示していることが示唆された。また,日本と韓国の両群において,親の期待認知と親孝行には,関連があることが示唆され,強迫傾向に寄与する親孝行の内容に日本と韓国で異なる内容を示していることが示唆された。さらに,強迫傾向と親の期待認知には,親孝行が媒介していないことが示唆された。最後に,日本と韓国の両群において,親孝行の家族の絆を強めることが,強迫傾向を下げるという肯定的な効果をもたらしていることが示唆された。