須藤卒論


アスペルガー症候群に対する健常者の態度変容についてー絵本による読書法の効果ー

須藤凜佳

 わが国では、1960年代の後半から、ノーマライゼーションなどの国際的な理念の影響を背景に、障害者と健常者の対等な関係構築のための「交流・共同教育」の実践が提起されるようになった。障害理解について小島(1978)は、「障害理解とは障害者を英雄的に過大評価したり、障害者の要求を全て肯定することを求めるものではなく、障害者は健常者と等しく長所も欠点もある人間であることの認識が前提である」と述べている。このように障害理解は、「個人の尊重」という個々の違いの相互容認が柱とされている。障害理解教育におけるプログラムは様々なものがあり、適宜選択され実施されている。中でも、読書教材を用いた指導は他のプログラムよりも比較的容易であることから教育現場において多く適用されており、障害を持つ主人公を題材にした絵本や、障害についての解説絵本による障害理解促進の効果が報告されている。
 アスペルガー症候群とは、自閉スペクトラム症(ASD)において、言語発達の遅れや知的障害を伴わないタイプを指す。アスペルガー症候群は、基本的なASDの症状に加えて、遠まわしな表現や比喩を使った表現、表情やしぐさから相手の感情を読み取ることが困難であるといったコミュニケーション障害が多く見られる。しかし、言語・知能的遅れがないためにこれらの障害が目立ちにくく、発達的な課題があることに気づかれにくい。また、学力的にも問題が生じていない場合もあるため、成人になるまで発見されないという事例も多い。アスペルガー症候群はASDにおいて一番わかりにくく気付きづらい障害であると言える。
そこで本研究では、絵本による読書法を用いてアスペルガー症候群への理解促進を図るとともに、絵本の内容傾向の違いが、健常者の態度変容に影響を与えるかを検討することを目的とした。大学生61名を対象に、情緒的な内容の絵本を読ませる情緒群(n=32)、学問的な内容の絵本を読ませる解説群(n=31)に対し、質問紙調査を実施した。一柳(2020)の「発達障害児・者に対する態度尺度」を「アスペルガー症候群に対する態度尺度」として修正して使用した。
 読書による態度の改善効果について検討するため、群要因(情緒群・解説群)×読書要因(読書前・読書後)の2要因分散分析を行った。その結果、解説群において障害に対する理解が深まり、ストーリー群よりも解説群の方が態度改善効果が高かった。また、態度改善効果の持続性について検討するために、2要因混合計画の分散分析を行った。その結果、絵本を読んだことによる態度改善効果の持続が確認できた。さらに、態度変容の大きさ(変化量)と参加者のアスペルガー症候群との接触経験の違いに関連があるかを検討するため、カイ2乗検定を行った。その結果、ボランティアや教育実習、アルバイト先など、大学生になってから大人と子どもとしての関わりをした参加者は、態度変容が大きく、接触経験のない者や小中学生時代にクラスが同じであったというだけの参加者には、大きな態度変容は起こらなかったということがわかった。
 本研究の結果から、読書法におけるアスペルガー症候群に対する態度変容には、豊富なイラストと共に、具体例な症例に基づいて、その原因・経緯、まわりが取るべき対応などを詳細に解説した、学問的知識を得られる内容の絵本が有効であると言える。また、障害を題材にした絵本を読むことは、その障害に対する理解を深め、態度を好意的に変容させる効果があり、またその効果は持続しやすいと言える。しかしながら、アスペルガー症候群に対する態度改善には、読書教材の内容よりも、これまでの接触経験の内容が大いに影響することが示唆された。発達障害に対する態度と接触経験との関連について検討した研究や、発達障害を題材とした絵本は少なく、インクルーシブ教育が推進する現代においてこれらの必要性は高まっている。特に、アスペルガー症候群は自閉症の中でも特に周りから誤解されやすい障害であるため、正しい事前知識をいれたうえでの関わりが重要である。今後、発達障害を題材にした絵本が多く作成され、それらが社会や学校教育において広く活用されることを願う。