電磁気学A(東京大学前期課程)の講義情報

2018年度Aセメスター(水曜日2限)開講:理科I類(37-39組)

このページの目次
  1. 教科書/参考書
  2. はじめに
  3. [第1回] 電磁気学と電気力学 [Sep.26]
  4. [第2回] クーロンの法則の近接作用風の記述 [Oct.03]
  5. [第3回] クーロンの法則の近接作用風の記述2 [Oct.10]
  6. [第4回] 静電場の色々な場合 [Oct.17]
  7. [第5回] 静電ポテンシャルとポワソン方程式 [Oct.24]
  8. [第6回] 静磁場 [Oct.31]
  9. [第7回] 磁気双極子 [Nov.21]
  10. [第8回] アンペールの法則とグラスマンの力 [Nov.28]
  11. [第9回] ファラデーの電磁誘導の法則 [Dec.5]

はじめに

17世紀にニュートンが発見した重力(万有引力)の法則も、 18世紀にクーロンが発見した(電荷同士の間にはたらく 電気力に対する)クーロンの法則も、逆二乗則に従う。 したがって、それぞれの強度は随分異なるものの(電磁気力の方が重力より 圧倒的に強い)、似たような性質の力であると考えた人は多かっただろう。

ニュートンの理論を天体力学に適用する試みは大成功を納め、ハレー彗星の回帰周期や 海王星の発見など大発見へとつながった。逆二乗則に従うという重力の性質さえ知っていれば 計算がいくらでもできるのだから、重力の本質など気にしなくてもいい、という風潮は 17から19世紀にかけて存在しただろうし、重力やクーロン力に対して、 「遠隔作用」という、魔法のようなものをあてはめたいという気持ちはわからないでもない。 しかしそれは、ファラデーという19世紀の天才が、 「遠隔作用」に対して疑義を提するまでの話である。 ファラデーは、空間を隔てて、力が「ワープ」するような遠隔作用の概念を受け入れることは できなかったのである。

古代ギリシア時代において(コペルニクスに先駆けて) すでに地動説を提唱したアリスタルコスのように、 実はニュートンは「遠隔作用」については 否定的な見方をしており、重力の本質は「近接作用」で説明されるべきであると考えていた。 (しかし、ニュートンは「近接作用が重力理論においてどのように導入されるべきかは 考えつくことができなかった」と悔いている。) ニュートンの近接作用説は、逆二乗則を用いた力学計算の成功によって 人々から忘れされていたのであった。 この考えを復活させたのがファラデーである。コペルニクスが、その著書でアリスタルコスを 引用したように、ファラデーも近接作用の導入を説いた論文でニュートンを引用している。

ファラデーは、ニュートンが考えつけなかった電磁気現象の本質、 すなわち「近接作用」の物理的実体として、「場」(field)というものを 考えた。これは、ファラデーの頭の中では、弾性体あるいは無数の線の束のようなものとして イメージされていたようであるが、ファラデーの「場」に関する記述を読んだマクスウェルは、 「ファラデーは、数学者と異なるやり方ではあるが、それと等価な「独特な数学」によって 電磁気現象を記述している。数学者が遠隔作用とみなし、空間を瞬時に伝わる逆二乗則で 記述するところを、ファラデーは空間を埋め尽くす線の束で表現している。 ファラデーの論文を読んだとき、その彼独特の「数学」は、よく知られた標準的な数学によって 書き直すことが可能ではないかと閃いたのである」と、その著書"Treatise on electricity and magnetism"の序章に書いている。

こうして、近接作用の表現として、電磁場というものがファラデーによって提案され、 それはマクスウェルによって「ベクトル場」を用いて記述されたのである。 したがって、我々が目標とするべきなのは、電磁場の物理と数理を理解する ことであって、クーロンの法則を上手に使いこなせるようになることとか、 アンペールの法則で複雑な計算ができるようになるとかいったことは、副次的なことであり、 そういった計算は、あくまで「古典場として電磁場の理論を理解するため」の手段として 行うだけなのである。

(1)電磁気学と電気力学 [Sep.27]

電磁気学の講義形式は千差万別であり、担当教員によってその内容が大きく異なるのは普通のことである。日本における多くの大学では「電磁気学」という講義名を冠していることが多いが、 その内容は(静)電気現象と(静)磁気現象を別々に教えた後に、電磁誘導、そしてマクスウェル方程式という順番で進む。これは、電磁気学を完成させたマクスウェルやヘビサイドといった英国のスタイルを踏襲しているからだろう。「電磁気学」というのは"Electromagnetism"という英語の翻訳だと思われるが、そもそもマクスェルの教科書の題名は

「電気と磁気に関する理論」, "A treatise on electricity and magnetism" (1873) [原著(pdf)]

である。また、Maxwell方程式を現在のような形に書き直したHeavysideの全ての著作には "Electromagnetic"という言葉が入っている。例えば、"Electromagnetic Theory" (1893) [pdf]など。

Maxwellの理論が最初に登場した時には、まだ電子の発見がなされていなかったことを考えると、 オリジナルの「電磁気学」にはミクロの観点があまり強く意識されていなかったではないかと感じる (マクスウェルの著作をまだすべては読んでいないので断定はできないが、 中身を覗くと、ベクトル解析の解説の後、静電気から理論が始まっている。 これは日本の教科書とほぼ同じ構成である)。

今までの経験から、電磁気学を習得する際のポイントは電流の捉え方 にあるように思える。 マクロな見方では、電流という物理量を先に認め、それが磁気現象(特に静磁気現象)を引き起こす と考える。しかし、ミクロの観点で電流をみると、電流とは運動する電荷集団である。 極端な見方を許すなら、運動する電荷一個でもそれは「電流」である。 したがって、電流というのは2次的な物理量であり、電荷という基礎的な物理量から 派生したものとみることができる。

一方、「電荷」が電磁気学における基礎的な物理量で、 それが静電気の現象と密接に関連するることは衆目一致のことであろう。

電流のミクロな理解はDrude理論(1900)に祖があると考えるより、 1837年のファラデーの予想に 基礎があると考えるべきだろう[Ot00]。ファラデーの予想、すなわち\({\bf j}\propto q{\bf v}\)を確かめようとしてローランドの実験 が1876年に行われ、それを元にして電流の正体である「電荷の運動」に興味が集まった。 1881年にJ.J.Tomsonがv×Bの形を思いつき(ただし係数が誤っていた), 1889年にO. Heavysideが係数を正し、最後に1892年にH. Lorentzが電場からの寄与も含めて

\[ {\bf F} = q\left({\bf E} + {\bf v}\times{\bf B}\right) \] とまとめて書いたとき、電流の微視的な解釈はほぼ定着したのであろう。 電場の項を足しただけで、これを「ローレンツの力」 と呼ぶのはヘビサイドやトムソンに気の毒のような気もするが、 電気と磁気に関わる現象が、電荷\(q\)によって「統一」されたという見方を取った ローレンツの解釈は、単に第一項を足したということに止まらず、重要だったと考える。

1897年にJ.J.Thomsonが電子を発見し、ミクロな視点がより支持を広げた。 J.D.JacksonのClassical Electrodynamicsも、Feynmanの教科書も、このローレンツの力より 「電気力学」の議論を始める。 磁石や電流よりも、「動く電荷」の方が基本的である、という考え方である。

こうして見ると、日本の教科書は、英国における初期の電磁気学研究に忠実に基づいて 構成された「古い/伝統的なやり方」であり、 アメリカの教科書はそこから脱却した「新しい/革新的やり方」であることが察せられる。


の説明(デカルト座標)。を使ったMaxwell方程式は

\[ {\bf \nabla}\cdot{\bf E} = \frac{\rho}{\epsilon_0}, \quad {\bf\nabla}\cdot{\bf B} = 0, \\ {\bf\nabla}\times{\bf E} + \frac{\partial{\bf B}}{\partial t} = 0, \quad {\bf\nabla}\times{\bf B} - \epsilon_0\mu_0\frac{\partial{\bf E}}{\partial t} = \mu_0{\bf j}. \]

であるが、成分で書くともう少し馴染みのある形になる。実際の数値計算を行う際も成分で 書き下した方がやりやすい。その一方で、表式が長くなるため、論文にしたり、 理論計算するときは面倒になる。状況に応じて使い分けるべき。


時間依存性をなくしたMaxwell方程式は、静電場と静磁場の2つに分離(decouple)し、 前者が放射型ベクトル場、後者が渦流型ベクトル場となる。 (これはどういうことか、調べてみよ。)

(2)クーロンの法則の近接作用風の記述 [Oct.03]

クーロンの法則(1785)は、実験を通じて求まった現象論的な式であり、重力と同じく逆二乗則に 従う。電荷qと電荷Qの間には静電気の力が働くが、qが感じる力は \[ {\bf F}_{q} = \frac{1}{4\pi\epsilon_0} \frac{qQ}{|{\bf r}_q - {\bf r}_Q|^3} ({\bf r}_q - {\bf r}_Q) \] と表すことができる。\(q>0, Q>0\)と仮定すれば、上式は斥力の表現になっている。 \(qQ<0\)の場合は引力となる。重力の場合は、質量は正の量であったが、電荷は正負の値を 取りうるところが特徴的である。\(\epsilon_0\)は真空の誘電率と呼ばれる量であり、 その詳細は色々な文献に載っている。

電荷qのある場所に、電荷Qによって電場が作られ、その電場に反応する形で電荷qは力\({\bf F}_q\)を感じると考えることにする。 このとき、\({\bf F}_q = q{\bf E}_Q\)という具合に、qの寄与とQの寄与を分離して 考えることができる。また、Qがある場所、すなわち\({\bf r}_Q\)を原点に設定し、 「qがある場所」を(相対)位置ベクトル \({\bf r}\equiv {\bf r}_q - {\bf r}_Q\)で表すとする。 この場合、qが感じる力というよりも、\(\bf r\)という場所における電場の強さ \({\bf E}({\bf r})\)という考え方の方が便利になる。すなわち \[ {\bf E}({\bf r})=\frac{Q}{4\pi\epsilon_0} \frac{{\bf r}}{r^3} \] と表すことができる。これは力学で「中心力」と呼ばれたものに似ているが、 電磁気学では「場」とみなして考えるので、3次元空間中に分布する無数のベクトルを 頭に思い浮かべることが肝要である。逆二乗則に従うので、ベクトルの矢印の長さは 距離とともに短くなっていく。また、ベクトルの向きは、「ハリネズミ」, あるいは「イガグリ」や「海栗」のように、原点から無限遠に向かって放射状に突き出る 方向に沿っている。

栗のイガ(Wikipediaよりの転載)

ベクトル場を特徴付ける量や数式にはどんなものがあるだろうか? そのような量を見つけることができれば、ベクトル場を系統的に分類することが可能になるだろう から、とても便利である。まずは、上で見たクーロン場のような、放射状に分布するベクトル場 に関してなにか便利な量がないか考えてみよう。

クーロン場は電荷Qによって生成されると考えるのは自然である。 また、ファラデーの「力線」という直感的なイメージを援用すれば、 Qから何かが「湧き出ている」という喩えを適用することが できるだろう。これは、流体力学の流体速度の分布のようなものである。流体の速度分布は 速度ベクトルの場として表現できるから、ベクトル場の一つである。そうすると、 学校のプールの水の流入口のようなものとして電荷Qを考えることができ、そこから 水が流れ込んでいるとみなしてクーロン場を捉えることができるだろう。

このような場合、興味をもつと思われるのが「水の流入量」である (講義中にもそのような意見があったことを思い出そう)。 電磁気学の場合、「流入量」に相当するのが、フラックス(flux)である。 フラックスとは曲面Sを通して流れ込むベクトル場の総量のことで、 これは流入口に相当する面(丸かったり、四角かったりするだろう)から流れ込む水量に相当する。 フラックスが正値ならばベクトル場は流出型であり、負値ならば流入型だとか、 ベクトル場の分類に役に立ちそうな気がする。

曲面S上の点P(位置ベクトル\(\bf r\)で表されるとする)に置ける接平面を考える。 この平面の法線ベクトル(単位ベクトル)を\({\bf n}({\bf r})\)と表す。また、 接平面の中に含まれる接ベクトルを\({\bf t}({\bf r})\)と表す。点Pにおけるベクトル場 \({\bf E}({\bf r})\)は、この2つのベクトルの線形結合で表すことができ、 \[ {\bf E}({\bf r}) = E_n{\bf n}({\bf r}) + E_t{\bf t}({\bf r}) \] と表せる。(より正確には、接平面は2次元だから2つの基底\({\bf t}_1\)と \({\bf t}_2\)が必要になるが、うまく座標系を選んで上式のように表すことは可能である。 また、\(E_n, E_t\)は共に位置ベクトルの関数として表すべきであるが、 式が複雑になるので簡略化した。)

接平面方向の成分は、面Sから出て行かない。したがって、「流入/流出」の観点からは 無用な量である。したがって、フラックスは法線方向の成分\(E_n\)だけを足し合わせるように 定義するのがよいと思われる。すなわち\({\bf E}({\bf r})\cdot {\bf n}({\bf r})\) という内積を考え、この内積を面Sに渡って積分したものをフラックスと定義するのである。 法線の方向は面Sの「外側」に向かう方向を正、「内側」に向かう流れを負と定義しよう。 このような物理上の要請、すなわち、面Sにおけるベクトル場\({\bf E}\)のフラックスは、 数学を用いると次のように定義することができる。 \[ F = \iint _ S {\bf E}({\bf r})\cdot {\bf n}({\bf r}) dS \] ただし、\(dS = d^2{\bf r}\)という面積の次元をもつ微分量であり、 デカルト座標では\(dS=dxdy\)と表せる。このような積分を 「面積分(二重積分)」という。

クーロン場の場合: 上のフラックスの定義式に、クーロン場を代入してみたらどんな結果となるか調べて見る。 クーロン場の球対称性を考慮すると、Sとして球面を考えるのが「自然な選択」に見える。 (より一般的な場合、すなわち球面とトポロジカルに同相な任意の閉曲面でも 同じ結果になることは、砂川の教科書 に書いてあるので参照のこと。)球面上では、法線ベクトルは、動径ベクトルと同じである。 すなわち\({\bf n}({\bf r}) = {\bf r}/r\)であるから、 \({\bf E}({\bf r})\cdot {\bf n}({\bf r})=\frac{Q}{4\pi\epsilon_0}r^{-2}\)となる。 面積分の面積要素を極座標で表すと\(dxdy=r^2\sin\theta d\theta d\phi\)となるので、 \[ F = \frac{Q}{4\pi\epsilon_0}r^{-2}\iint r^2\sin\theta d\theta d\phi = \frac{Q}{4\pi\epsilon_0}r^{-2+2}\int_0^{\pi}\sin\theta d\theta \int_0^{2\pi}d\phi =\frac{Q}{4\pi\epsilon_0}4\pi = \frac{Q}{\epsilon_0} \] を得る。「源泉」から湧き出すベクトル場の「流量」、すなわちフラックスが、源電荷Q で表されるというのは、物理的にも、直感的にも納得いく。

\[ \iint_ S {\bf E}({\bf r})\cdot {\bf n}({\bf r}) dS = \frac{Q}{\epsilon_0} \] という結果は、クーロン場に対して計算すれば任意の閉曲面Sについて成立する。 この式は「ガウスの法則(積分形)」と呼ばれる。

ベクトル場を分類するための特徴的な量として、フラックスという量を定義した。 それはそれでよいのだが、「近接作用」で記述する電磁気現象というファラデーの観点 からするとまだ不満足である。「近接作用」とは、力や作用が、隣接する物理的な実体、 たとえば媒質のようなもの、を次々に刺激して伝播するという考え方である。 この状況を数学で表現するならば、連続体(多様体)に対する微分的特徴ということになるだろう。 つまり、まだ我々の考察の中には「微分」が含まれていないのである。しかし、積分と 微分の関係を考えれば、我々はガウスの法則まで辿り着いているのだから、微分を含む表式は あと一歩で得られそうな気がする。これを実現するのが、「ガウスの定理」という 数学の定理である。 \[ \iint_S {\bf E}({\bf r})\cdot {\bf n}({\bf r}) dS = \iiint_V \boldsymbol{\nabla}\cdot \boldsymbol{E}({\bf r}) dV. \]

全電荷Qを、電荷密度\(\rho(\boldsymbol{r})\)と体積積分で表すと \[ Q = \iiint_V\rho(\boldsymbol{r})dV \] と書けるから、この2つの結果をガウスの法則(積分形)に代入して、 被積分関数の部分に着目すると、 \[ \boldsymbol{\nabla}\cdot \boldsymbol{E}(\boldsymbol{r}) = \frac{\rho(\boldsymbol{r})}{\epsilon_0} \] という微分方程式が手にはいる。この式は微分を含む(偏微分)方程式の形となっていて、 これこそが求めていた「近接作用に基づく静電場の記述」である。 この方程式は「ガウスの法則(微分形)」とも呼ばれる。 重要なのは、この式はクーロンの法則を含んでいる、ということである。


講義では、微小な立方体を用いてガウスの定理について考察を行った。 例えば、x軸方向が法線となるような平面は\(x=x_0\)と\(x=x_0+\Delta x\)にある 正方形型の平面2つである。立方体の外に飛び出す方向を正として法線ベクトルを定義すると、 この2つの平面に関する「面積分」は \[ -E_x(x_0,y_0,z_0) \Delta y \Delta z + E_x(x_0+\Delta x, y_0, z_0)\Delta y \Delta z = \left(\frac{E_x(x_0+\Delta x, y_0, z_0)-E_x(x_0,y_0,z_0)}{\Delta x} \right) \Delta x \Delta y \Delta z \\ \rightarrow \frac{\partial E_x(x_0,y_0,z_0)}{\partial x} dV \] と表せる、と説明した。微分(偏微分)が登場し、近接作用の表現へとぐっと近づいた感があり、 たいへん喜ばしいのだが、2つの各平面のおけるベクトル場の値を、正方形の一頂点の値で 代表させてしまってよいのだろうか?という疑問が湧くだろう。 例えば、\(E_x(x_0,y_0,z_0)\)の代わりに\(E_x(x_0, y_0+\Delta y, z_0)\)と選んでも よさそうに思える。が、そのような選択をすると「偏微分」の定義としっくりこなくなり、 ガウスの定理に出てくるはずの「発散」へ繋がらなくなるので、大変困った状況となる。

どの教科書を見ても、当たり前のように、\((x_0,y_0,z_0)\)と\((x_0+\Delta x,y_0,z_0)\)と が当たり前のように選んであって、我々の疑問には答えてくれない。ということは、 自分で考えなくてはならないということである。果たして、この問題はどのように解決すべき なのであろうか?

実は、これに似たような問題は、もうひとつのベクトル場の型、すなわち 渦型ベクトル場を特徴付けする量として定義されるCirculationという量を考える際に登場する、 「ストークスの定理」の証明においても発生する。次回の講義ではその部分を扱う予定なので、 この問題についてはそこで詳細に考えて見ることにしたい。

(3)クーロンの法則の近接作用風の記述2 [Oct.10]

前回の講義では、多重積分に関する質問がいくつか出た。例えば、全電荷Qを 密度と体積積分で定義する方法などについてである。微小電荷dQは密度ρと微小体積dV の積で表せる:dQ = ρdV。したがって全電荷はdVに関しての積分を行えばよいのだが、 この積分は3次元空間で行う必要があるので「体積積分」で表されることになる。 体積積分は、Sセメスターで習った力学における、「慣性モーメント」の計算ですでに 登場しているとは思うが、復習のため再度確認して見たらよいと思う。

今回考察するのは、クーロン場のような放射型(イガグリ型)のベクトル場ではなく、 台風周辺の風速風向分布に見られるような「渦型」のベクトル場を識別するための量である。 このタイプのベクトル場は視覚的にも、日常的にも特徴的であり、物理的な興味の 対象になりやすいだろう。

3次元的な渦というのも考えようと思えば考えることが可能だろうが、 どちらかというと2次元的に分布する1次元的実体(つまり曲線)という印象が強い。 実際、クーロン場よりも渦型の場の方が紙や黒板に描きやすい。 放射場では「流量」に相当するものとしてフラックス(flux)を定義したが、 渦場では「回転量」に相当するものとしてサーキュレーション(circulation)という量を 定義するのが標準である。

ちなみに1873年に出版されたマクスウェル本人が書いた電磁気の教科書"A treatise on electricity and magnetism" [原著pdf]の「数学的準備(preliminary)」の最後に、ベクトル場の2つのタイプの特徴を まとめた図が載っている(pp.28-29)。 Fig.1の方が、我々が「放射型(イガグリ型)」と呼んでいるタイプのベクトル場である。 ただし、矢印の向きが内向きなので、現代物理の用語であるdivergence(発散)ではなく、 convergence(収束)という用語をあて、この量をもって分類するベクトル場だと書いている。 一方で、Fig.2の方は、「渦型」のベクトル場であり、こちらはcurl(回転)という量で 分類できるという旨が書いてある。curlという用語はマクスウェル本人が使っているので、 日本でよく使われるrot(=rotation)というのは、もしかするとドイツ系の物理学会からの 輸入なのかもしれない。

現代の多くの電磁気学(あるいは古典電気力学)の教科書には、このような、 2つの型のベクトル場のイメージ図は掲載されることは少ない。 したがって、発散や回転という量がどうして必要なのか、直感的によくわからないまま 計算技巧だけを最初に導入することが多い。我々の講義では、ファインマンの教科書に習って、 放射型ベクトル場を特徴付ける量をフラックス(流速)、渦型ベクトル場を特徴付ける量を サーキュレーション(循環)と定めるところから考察を始め、ベクトル解析の定理 (ガウスの定理とストークスの定理)を利用して、近接作用風の量、すなわち 発散\(\boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{E}\)と回転\(\boldsymbol{\nabla}\times\boldsymbol{E}\)に持ち込む、という道筋を採用している。

結果的に、クーロン場(逆二乗則に従う放射型のベクトル場)に対する fluxとcirculationは \[ {\rm flux} = Q/\epsilon \\ {\rm circulation} = 0 \] という値となり、この2つの値によってクーロン場は特徴付けられるということである。 fluxが非零ということは、放射型ベクトル場の成分を持つということを表し、 circulationfが零値ということは渦型ベクトル場の成分を持たないことを意味する。 また、フラックスの値が総電荷という定数になるという点は「逆二乗則」に従うことを 意味している。

この結果を近接作用風に微分を使って書き直すと、 \[ \boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{E}= \rho/\epsilon_0 \\ \boldsymbol{\nabla}\times\boldsymbol{E} = \boldsymbol{0} \] と表される。

次のテーマである静磁場\(\boldsymbol{B}(\boldsymbol{r})\)は、どんなタイプのベクトル場 になるかというと、静電場と異なるタイプ、すなわち渦型となる。 fluxは零値をとり、circulationが非零値(=電流\(I\))をとる。

力学におけるポテンシャル導入の経緯についての復習: 静電気の作用の場合、力は \(\boldsymbol{F}=q\boldsymbol{E}\)となるので、力学で考察した内容がそっくり利用できる。 ただし、電磁気の観点からすると、最終的に証明したいのは静電場がポテンシャルのような スカラー場の勾配によって記述されるということである(\(\boldsymbol{E}=-\boldsymbol{\nabla} \phi\))。力学の場合は「経路によらずに仕事は一定」というところから始めたが、 電磁気学の場合は、「渦なし条件」すなわち \(\boldsymbol{\nabla}\times\boldsymbol{E}=\boldsymbol{0}\)から議論を始める。 ベクトル解析の恒等式\({\rm curl}\cdot{\rm grad} = 0\)を利用すれば簡単だが、 力学の議論をあえて再利用してみる。

「仕事は経路に寄らない」という条件から、 「仕事のループ積分が0となるためには、力はポテンシャルの勾配で記述される必要がある」 という流れにもっていった。 実際その場合には、被積分関数がポテンシャルの全微分となることを利用して、 望む結果へと繋げた。力学の場合はここで議論は終わってしまうが、 ループ積分をストークスの定理で面積分に書き直すことも可能だから、 「力はポテンシャルの勾配で記述される」という条件が 「ポテンシャルで書ける力場は渦なしのベクトル場である」という結果をもたらすことにもなる。 Slater-Frankの教科書にあるように「論理の鎖」を回して(といってもベクトル解析の 恒等式は結局ここで使ってしまうのだが)、 この条件が必要十分条件であることを示すことは可能であり、 「渦なしのベクトル場はポテンシャルの勾配で書ける」という定理を得ることになる。

電場を書き直すの使うスカラー場\(\phi\)は「静電ポテンシャル」と呼ばれる。 力学における、本当のポテンシャルにするには電荷をかければ良い。 つまり\(V=q\phi\)である。渦なし条件と、発散の式を組み合わせると、 静電ポテンシャルに関する二回の微分方程式一個に書き直すことができる。 ポワソン方程式である。 \[ \nabla^2\phi(\boldsymbol{r})=-\rho(\boldsymbol{r})/\epsilon_0 \] 左辺にあるナブラの二乗の形をした微分演算子は「ラプラシアン」と呼ばれる。 ラプラシアンは、量子力学のシュレディンガー方程式や、熱力学の熱伝導方程式や 拡散方程式にも現れるので、その数学的な取り扱いは時間をかけて少しずつ習熟していく といいだろう。


今回はレポートを出した。全員提出のものではなく、解けた人だけ提出するタイプの、 ちょっとした「難問」である。ストークスの定理の「簡単な説明」に関連するもので、 「なぜ微小長方形を経路にした線積分において、教科書に書いてあるような恣意的な 間数値を選ばないといけないのか?」というものである。特に、負の向きに積分する 3→4および4→1についての関数値の選び方があまりにも不自然のように見えるが、 どうしてこれは正当化されるのであろうか?

(4)静電場の色々な場合[Oct.17]

●点電荷とディラックのデルタ関数

点電荷は有限値Qの電荷をもつが、「質点」のように、 大きさを持たない0次元の「点」であると定義される。 したがって、その「体積」は0となるはずなので、 「電荷密度」Q/Vは無限大になってしまうのだろうか? とすると、矛盾する状況が生まれる。積分形のガウスの法則は \[ \iint_S \boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{n}dS = \frac{Q}{\epsilon_0} \]という具合にうまく書き下せるが、この積分から導出できるはずの 微分系のガウスの法則がうまく書き下せないということになるのではないか? \[ \boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{E} = \infty \quad (?) \]

これと似た状況が統計力学でも見られる。統計力学における「熱力学的極限」である。 熱力学極限では、無限系\(V\rightarrow\infty\)の中にある無限個\(N\rightarrow\infty\)の粒子を 考えるが、その比\(N/V\)、すなわち密度が有限値であると考える。 これは、熱力学的極限にある熱力学系では、どこで「切り出して」も一様な状態が 取り出せるという意味である。環境の境界を意識しない、一様な無限系を意識している 「極限」である。

点電荷の場合は、Nに相当するQがすでに有限なので、熱力学極限よりは幾分「ましな」状況 と見て取れるかもしれない。この問題に対する処方箋は、「ディラックのデルタ関数」という 超関数(英語ではdistributionという)の導入である。点電荷は存在する一点において 無限大の「電荷密度」をもつという物理的直感を進展させたものがデルタ関数である。 したがって、電荷密度自体は数学的にwell-definedではないが、その積分はwell-definedとする。 すなわち \[ \iiint_V \rho(\boldsymbol{r};\boldsymbol{r}_0) d^3\boldsymbol{r} = Q \] を満たすようにデルタ関数を定義するのである。ただし点電荷のある位置を\(\boldsymbol{r}_0\) とし、それ以外の場所では密度は0と考える。デルタ関数を \(\delta^{(3)}(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}_0)\)と書くと、 \[ \rho(\boldsymbol{r};\boldsymbol{r}_0) = Q\delta^{(3)}(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}_0) \] と表せる。ただし、3次元のデルタ関数は(デカルト座標では)1次元のデルタ関数の積 \[ \delta^{(3)}(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}_0) = \delta(x-x_0)\delta(y-y_0)\delta(z-z_0) \] と定義されるものとする。このとき、デルタ関数は次の性質(規格化条件)をもつ必要がある。 \[ \int_{-\infty}^{\infty}\delta(x-x_0)dx = 1 \] さらに、 \[ \int_{-\infty}^{\infty}\delta(x-x_0)f(x)dx = f(x_0) \] も必要となる。これらはデルタ関数の定義だと考えても良い。 デルタ関数は、ガウシアンやローレンチアンなどの関数の「極限」として 定義することもできる。 詳しくはこちらを参照のこと

デルタ関数を利用すれば、点電荷の場合の(微分系の)ガウスの法則は \[ \boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{E} = \frac{Q}{\epsilon_0} \delta^{(3)}(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}_0) \]と書ける。ただし、点電荷は\(\boldsymbol{r}_0\)に置かれているとする。 実は、デルタ関数を非斉次項にもつ、このようなタイプの 微分方程式は「グリーン関数」の方法と密接な関連がある。 (詳細については、太田先生Jacksonの教科書を参考のこと。) グリーン関数は、ファインマンの編み出した「汎関数量子化法(経路積分)」で 主要な役割を果たす。素粒子物理や核物理の理論に興味がある人(あるいは 場の理論を応用するタイプの物性理論に興味がある人)は、古典力学や 古典電磁気学の範疇で、いまのうちにグリーン関数のもつ物理的な意味をよく理解しておくと、 あとで役にたつだろう。

●一様に帯電した電荷球

●無限に長い線電荷

無限に長い(でも太さは0の)線状の電荷(1次元的な物体)を考える。その「線電荷密度」 を\(\lambda\)と書く。たとえば、長さ\(\ell\)の線電荷がもつ総電荷Qは\(Q=\lambda\ell\) で与えられる。3次元風の密度として書くならば、デルタ関数を用いて \[ \rho(x,y,z) = \delta(x)\delta(y)\lambda \] と書けるだろう。ただし、この表現は線電荷がz軸に沿って配置されている場合に相当する。 無限に長いので、全空間で積分すれば、その総電荷は発散する。 講義中では、高さ\(\ell\), 半径rの円筒で線電荷を包み込むことを考えることで密度を割り出した。 この円筒の体積は\(V=\pi r^2\ell\)で与えられ、この円筒の中には\(Q=\lambda \ell\)の電荷が 含まれている。したがって、密度は\(\rho = Q/V = \frac{\lambda }{\pi r^2}\)であるが、 この電荷密度は(当然ながら)円筒内に一様に分布しているわけではなくて、 z軸に沿った部分にのみ分布する線電荷に対しての「平均」電荷密度である。

どちらの密度の形式を採用しても、その体積積分は同じ結果となる。 \[ \iiint_V\rho(x,y,z)dV = \int\delta(x)dx \int\delta(y)dy \int\lambda dz =\lambda\ell \]

●電気双極子

距離dだけ離れて配置された正負2つの電荷\(\pm q\)からなる(静電)物理系を 電気双極子という。 (点電荷ひとつだけなら電気単極子と呼んでもよいが、なぜかあまりつかわれない。) 双極子には「向き」の情報があるので、ベクトル量\(\boldsymbol{p}\)によって 次のように定義する。 \[ \boldsymbol{p} = q\boldsymbol{d} \] ただし、ベクトル\(\boldsymbol{d}\)は負電荷-qから正電荷+qに向かうベクトルとして定義した。 双極子という名前がついていても、その実態は+qと-qの2つの電荷(電気単極子)の 重ね合わせにすぎない。したがって、その静電ポテンシャルは次のように書ける。 \[ \phi(\boldsymbol{r}) =\frac{q}{4\pi\epsilon_0}\left( \frac{1}{\left|\boldsymbol{r}-\boldsymbol{d}/2\right|} - \frac{1}{\left|\boldsymbol{r}+\boldsymbol{d}/2\right|}\right) \]

よく教科書で議論されているのは、遠方\(r\gg d\)における静電場の表式である。 このとき、双極子の詳細な構造は見えなくなり、「双極モーメントをもつ単体」として 把握される(たとえば、中性子や原子核のように)。この条件の下にテイラー展開を行うと、 簡明な表式を得ることができる。 \[ \left|\boldsymbol{r}\pm\frac{\boldsymbol{d}}{2}\right| ^{-1} =r^{-1}\left(1\pm \frac{\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{d}}{r^2} + \frac{d^2}{4r^2}\right)^{-1/2} \simeq r^{-1}\left(1\mp\frac{\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{d}}{2r^2}\right) \] であるから、 \[ \phi(\boldsymbol{r}) \simeq \frac{q}{4\pi\epsilon_0}\frac{\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{d}}{r^3} = \frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{p}}{r^3} = \frac{p}{4\pi\epsilon_0}\frac{\cos\theta}{r^2}. \] 角度θは位置ベクトル\(\boldsymbol{r}\)と双極子ベクトル\(\boldsymbol{p}\)が成す角である。 双極子が作る静電場は、角度依存性をもち、逆自乗則よりも早く減衰することがわかる。

静電場\(\boldsymbol{E}=-\boldsymbol{\nabla}\phi\)を計算すれば、 \[ \boldsymbol{E}(\boldsymbol{r}) = \frac{1}{4\pi\epsilon_0}\left(-\frac{\boldsymbol{p}}{r^3} +3\frac{(\boldsymbol{p}\cdot\boldsymbol{r})}{r^5}\boldsymbol{r}\right) \] という表式を得る。ただし、この式が成立するのは\(r\gg d\)のときに限ることは 忘れてはならない。

「双極子」という概念は正負の電荷をもつ電磁気学に特有のものであり、正の値しかもたない 「質量」を主に扱う古典力学には登場しない概念である。 また電気双極子は直感的にわかりやすいが、磁気双極子はわかりにくいところがある。 ファインマンの教科書では、電気双極子のアナロジーとして磁気双極子を理解しようと試みている ので、我々の講義でもそれに従う予定である。したがって、 電気双極子にまずは馴染むことが肝要である。

●非一様に帯電した電荷球

正負に帯電した2つの電荷球が少しだけずれて配置されたものが 双極子と等しいこと(省略した)。

(5)静電ポテンシャルとポワソン方程式[Oct.24]

静電場の満たす微分方程式は、ガウスの法則(発散が電荷に比例)と渦無し条件(回転が0)の 2つだが、後者の微分方程式より、静電ポテンシャル\(\phi(\boldsymbol{r})\)を 導入することができる。これをガウスの法則に代入すると、静電ポテンシャルはポワソン方程式 \[ \nabla^2\phi(\boldsymbol{r})=-\frac{\rho(\boldsymbol{r})}{\epsilon_0} \] の解になっていることがわかる。

一方で、クーロンの法則を下にして、(無限遠も含む空間において) 点電荷がつくる静電ポテンシャルを書き下すことができ、それは \[ \phi(\boldsymbol{r})=\frac{q}{4\pi\epsilon_0}\frac{1}{\left|\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}'\right|} \] である。これがポワソン方程式を満たすことを示そう。

(6)静磁場 [Oct.31]

Maxwell方程式は電場と磁場が結合した微分方程式なので、この2つの場を切り離して 考えることはできない。したがって、「電磁場」という用語を使った方がより正しい認識であろう。 しかし、電磁場の時間依存性がない場合、つまり静電場や静磁場の問題においては、 Maxwell方程式は静電場のセクターと静磁場のセクターに分割される。そのため、 それぞれが数学的に独立に扱うことができる。上述したように、静電場は 放射型のベクトル場であり、フラックスは非零値をとる。一方で、サーキュレーション は零値となるから、静電場は渦型のベクトル場ではない。

これから考察する静磁場は、 静電場と逆で、フラックスは零値となるが、サーキュレーションが非零値をとる。 すなわち、静電場は渦型のベクトル場であり、発散型のような湧き出しを持たない。 静磁場が満たす方程式は次の通りである。 \[ \boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{B}(\boldsymbol{r}) = 0,\\ \boldsymbol{\nabla}\times\boldsymbol{B}(\boldsymbol{r}) = \mu_0\boldsymbol{j}(\boldsymbol{r}). \] 最初の式は、磁場には「マグネチックモノポール」、すなわち「磁荷」が存在しないことを 意味している。我々の講義では、この条件を「磁荷無し条件」と呼ぶことにしよう。 2つ目の式は、アンペールの法則に対応する式である。

ベクトル解析の恒等式を利用すると、磁荷無し条件から「ベクトルポテンシャル」という 任意のベクトル場\(\boldsymbol{A}(\boldsymbol{r})\)を導入することができ、それは \[ \boldsymbol{B}(\boldsymbol{r}) = \boldsymbol{\nabla}\times\boldsymbol{A}(\boldsymbol{r}) \] という形で静磁場と関連づけられる。静磁場にはゲージ変換に対する対称性がある。 それは、2つの異なるベクトルポテンシャルが、任意のスカラー場\(\chi\)を用いて \[ \boldsymbol{A}'=\boldsymbol{A} + \boldsymbol{\nabla}\chi \] という形の「変換」で結び付けられているとき、 どちらのベクトルポテンシャルを用いても静磁場\(\boldsymbol{B}\)自体は不変であるという 「対称性」である。 \[ \boldsymbol{\nabla}\times\boldsymbol{A}' = \boldsymbol{\nabla}\times\boldsymbol{A} + \text{curl} \ \text{grad}\chi = \boldsymbol{B} \] ただし、\(\text{curl} \ \text{grad} = 0\)という恒等式があることに留意する必要がある。 この恒等式は、任意のスカラー場に対し成立する (ただしこのスカラー場は連続であり、微分可能であると仮定する)。 このスカラー場\(\chi\)のことをゲージ場とよび、ゲージ場を用いたベクトル場の変換を ゲージ変換という。ベクトルポテンシャルにゲージ自由度があるため、 自分にもっとも扱いやすいベクトルポテンシャルを選んで、静磁場を表すことができる。

ベクトルポテンシャルを、アンペールの式に代入すると \[ \boldsymbol{\nabla}(\boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{A}) -\nabla^2\boldsymbol{A} = \mu_0\boldsymbol{j} \] という2階の微分方程式が得られる。左辺第一項が無ければポワソン方程式と同じになるのだが、 残念ながらそうはなっていない。しかし、ゲージ自由度があることを使えば、 \[ \boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{A} = 0 \] すなわち、発散が0、すなわち渦型のベクトルポテンシャルを我々は選んで良いことが 正当化される。つまり、ポワソン方程式を満たすベクトルポテンシャルを使って、 静磁場の問題を解くことが許されるのである。


次は、静磁場の方程式を積分してみる。磁荷無し条件の体積積分は、ガウスの定理と合わせると、 磁気フラックスが0であるという自明な結論を与える。

一方、アンペールの法則に対応する方程式には面積分を実施する。 回転の面積分はストークスの定理によりサーキュレーションとして表すことができるので \[ \oint_C\boldsymbol{B}(\boldsymbol{r})\cdot d\boldsymbol{r} = \mu_0 \iint_S\boldsymbol{j}(\boldsymbol{r})\cdot\boldsymbol{n}dS \] と書き直すことができる。右辺の積分、すなわち電流密度\(\boldsymbol{j}\)の面積分は 電流\(I\)の定義に他ならない。 \[ I = \iint_S\boldsymbol{j}(\boldsymbol{r})\cdot\boldsymbol{n}dS \] もし、経路Cが半径\(r\)の円であり、その円周上で静磁場が円の接線方向の成分だけを持ち、 かつ 回転対称性をもつ「渦型ベクトル場」だったと仮定したら、サーキュレーションは \(B(r) \ 2\pi r\)で与えられるから、静磁場の表式として \[ B(r) = \frac{\mu_0}{2\pi}\frac{I}{r} \] という形を得ることができるであろう。このとき、電流\(I\)は円Cがなす面Sの法線方向に沿い、 かつCの内部に流れている。 つまり、この表式はアンペールが現象論的に得た、直線電流\(I\)の周りに発生する磁場のそれと 同じである。この表式は、線電荷がその周りにつくる静電場の表式とよく似ていることは 注目に値する。実際、アンペールはこの類似性を手がかりに、2つの「電流素片」の間の 作用の表式を導出した。

(7)磁気双極子 [Nov.21]

小学校の理科では、2つの棒磁石の間に働く磁力について(実験を通じて)定性的に 詳しく勉強するが、2つの電荷の間の作用に関する実験はほとんど行わない。 これとは対照的に、高校の物理では 2つの点電荷の間に働くクーロンの法則については詳細に学習するのに対し、棒磁石の間の 作用についての定量的な学習はまったくない。(大学の電磁気学ですら、下手をすると 棒磁石間の電磁作用についての計算は行わないので、その定量的な性質について 一生触れない人が多いかもしれない...つまり、棒磁石の間に働く磁力というのは 基本的な作用ではなく、アンペールの法則を複雑な状況に適応した「発展」問題なのである。)

高校生は量子力学を習わないから、電子のスピンに本質が ある磁性体の物性についての議論を避けたいのはわからないでもないが、 だったら小学生にはディラック方程式により自然に導入されるスピンについて語らないまま、 磁性体の性質を教えてよいのか、といわれても反論できまい。 というのは冗談だが、小学校と高校における磁気と電気の取り扱いについて、 あまりの違いに混乱する学生は少なくないはずである。

大学に入って、砂川先生の教科書などを読んでいても、静磁場の章で「違和感」を感じる人は 多いだろう。なにかがしっくりこない。それがなにかわからないまま 期末試験の日を迎え、計算だけはできるようにしておいてなんとか切り抜ける、というのが、 電磁気学の単位はとったものの、電磁気を学んだ気がしないまま卒業していく学生の 多くが感じるところであろう。

静電場の物理と静磁場の物理の最大の違いは、モノポールとダイポールにある。 クーロンの法則はモノポール、すなわち点電荷の間の力の法則であるが、 アンペールの法則は1次元的な物理体である電流と電流の間の法則である。 しかも、無限に長い電流というのは実際上は存在しない。電流というのは、多くの場合、 回路、すなわちループ電流になっているのがより現実的な姿であろう。 ループ電流は、あとで見るように、ダイポール、すなわち磁気双極子という物理体である。 そして、電子のスピンは、このループ電流を拡張した概念である。

静磁場の物理においては、「磁荷」(=magnetic monopole)という0次元の物理体は 主人公にはなりえない。この宇宙に存在しない(と考えられている)からである。 代わりに、「電流」という1次元の物理体、あるいはその閉曲線がなす回路、すなわち磁気双極子 (=magnetic dipole)が中心となって議論が展開されるのである。

注意深く教科書を読み進み、静磁場の章に入ったら頭を切り替えて問題にあたる必要がある。 しかし、注意深く読むというのは、初学者には非常に難しい作業であるから、 静電場と同じように、モノポールの物理と決めつけて 静磁場の問題を理解しようとするために、ここでつまずく人が結構多いのであろう。

磁荷がないというのは、マクスウェル方程式における、磁場の発散を与える微分方程式 \(\boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{B}=0\)に記述されている。


静磁場の学習においては、大きく分けて2つの方式がある。一つが、砂川先生の教科書にある ように、直線電流を対象にしてアンペールの法則から議論を始めるスタイルである。 これは、歴史的な順番に沿ったやり方だといえよう。(ただ、アンペール自身は、かなり早い段階 でループ電流が磁気双極子であることに気がついてしまうが...) もう一つが、ファインマン物理にあるような、磁気双極子に基づいて話を進めるスタイルである。 (とはいえ、ファインマン物理では、イントロのところで、アンペールの法則についての 定性的な議論が紹介されてしまうのだが...)

この講義では、後者のアプローチを最初に考察し、時間が許せば前者のアプローチに触れる、 というスタイルを取ることにしよう。前者のアプローチでは、モノポールのようなものを 「数理モデル」風に導入し、できる限り静電場と同じようなものに見せかけて問題解決を 図る。すなわち、電流素片の導入である。静磁場に限れば、このやり方は正当化される。 しかし、この歴史的なアプローチは、電磁気学が完成する、後の時代に否定されるわけであり、 静磁場に対する初学者の印象を誤解させるような方法なので、先にやらないことにした。


ファインマン物理では、ループ電流の計算を、デカルト座標系に馴染んだ形にするために、 長方形の回路を(モデルとして)導入する。計算を進んで行った先に、この形状(幾何学的情報) は「面積」という形で塗りつぶされ、一般化される。したがって、最終的な結果は 回路の形状によらない表式となるところが面白い。

静電ポテンシャルと、ベクトルポテンシャルがポワソン方程式に従うことから、 静電場の問題で得た計算結果を再利用する、というのがファインマンの方法である。 静電場の関係式を静磁場の関係式に書き換える際の関係式は \[ \lambda / \epsilon _0 \leftrightarrow I_k\mu_0 \] である。λは線電荷密度を表す。この対応式を利用する際は、電流の方向kの情報を 覚えておく必要がある(講義中にはうっかり忘れてしまってご迷惑をおかけした...)。

この関係を用いると、方形ループ電流の向き合う辺に相当する二本の電流は、 電気双極子とみなすことができる。電流の流れる向きを正負で表すと、この正負は 対応する電荷の正負と見なされる。(講義のあと、学生の一人から指摘されたように、 右ねじの法則が成立するように電流の向きをセットし、電気双極子の双極子モーメントを 負電荷から正電荷に向かう向きで定義する必要がある。)

この対応により、ループ電流の作るベクトルポテンシャルは、(上下と左右に置かれた) 2組の電気双極子がつくる静電場の表式を書き換えることで手に入れることができる。

(8)アンペールの法則とグラスマンの力 [Nov.28]

アンペールは、実験結果に基づいて、電流が流れる二本の直線電流の間に働く力を表す現象論的な式を見つけた。 それは \[ dF_2 = \frac{\mu_0}{2\pi}\frac{I_1}{R} I_2 dr_2 \] と表せた。これは、\(I_1\)が作る磁場に置かれた、電流素片\(I_2dr_2\)が感じる力である。 \(R\)は円筒座標系の意味での動径座標で、直線電流の法線方向に測った距離である。

上の形は、直線電荷が作る電場に似ている。すなわち、直線電荷の線電荷密度を\(\lambda\)とすると、 \[ F_2 = \frac{1}{2\pi\epsilon_0}\frac{\lambda}{R} q_2 \] となる。これは、直線電荷\(\lambda\)がつくる電場に置かれた、点電荷\(q_2\)が感じる力である。 \(R\)は円筒座標系の意味での動径座標で、直線電荷の法線方向に測った距離である。

直線電荷の結果は、そもそもは、2つの点電荷同士に働くクーロンの法則 \[ F=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{q_1}{r^2}q_2 \]から導かれたものである。\(q_1\)を線電荷密度\(\lambda\)を用いて\(q_1=\lambda dx\)と 表し、\(dx\)について積分すればよい。ただし、\(r\)は\(q_2\)と\(dx\)の間の距離なので \(r^2 = x^2 + R^2\)という関係がある。また、力の合成は本来ベクトル和であることに留意する必要がある。 直線の対称性を考慮し、\(+x\)の位置にある電荷と\(-x\)にある電荷の合成を考えると、積分は \[ F_2 = \int dF = \int_{0}^{\infty} \frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{\lambda dx}{x^2+R^2}q_2 \cdot 2\frac{R}{\sqrt{x^2+R^2}} \] となる。これを積分したものが直線電荷の作る電場による作用であり、 上で与えた\(1/R\)依存性をもつ式となる。

静電場におけるこの計算をアンペールの法則に適用すれば、直線電流\(I_1\)と 電流素片\(I_2dr_2\)の間に成り立つ作用は、電流素片間の作用に書き直すことができる。 それは \[ d^2F = \frac{\mu_0}{4\pi}\frac{I_1dr_1I_2dr_2}{r^2} \] と書けるはずである。アンペールが発見したように、平行な電流では引力、反平行な電流では斥力、 垂直な場合は0、などという関係を表すためには、微分要素をベクトルで表して\(d\boldsymbol{r}\)とし、 2つの微分要素ベクトルの内積で表すとうまくいく。つまり、 \[ d^2\boldsymbol{F} = d^2F = \frac{\mu_0}{4\pi}\frac{I_1I_2}{r^3} (d\boldsymbol{r}_1\cdot d\boldsymbol{r}_2)\boldsymbol{r} \] であると考えた。ここで注意すべき点は、電流素片の間の作用が逆二乗則を 拡張した「中心力」で表されている点である。

しかし、電流素片というものが実在しないことは、現代物理の観点からは明白である。 電流とは、電子という素粒子が、金属結晶などの物質中を移動し、流れる現象である。 電線をハサミで切れば、電子は行き場を失って電流は消滅してしまうから、電流素片という概念は 空想上の概念といってよいだろう。

したがって、観測できるのは\(d^2\boldsymbol{F}\)ではなく、これを積分した量である。 \[ \boldsymbol{F} = \iint d^2\boldsymbol{F} = \iint \frac{\mu_0}{4\pi}\frac{I_1I_2}{r^3} (d\boldsymbol{r}_1\cdot d\boldsymbol{r}_2)\boldsymbol{r} \]

このアンペールの表現と等価だが異なる表現を、グラスマンは外積の概念を適用して提案した。 \[ \boldsymbol{F} = -\iint I_2d\boldsymbol{r}_2\times \left(I_1d\boldsymbol{r}_1 \times \frac{\mu_0}{4\pi}\frac{\boldsymbol{r}_1 - \boldsymbol{r}_2}{|\boldsymbol{r}_1-\boldsymbol{r}_2|^3} \right) \] 外積という演算は、グラスマンによる発案であり、彼は数学のみならず、物理での応用例を探して この表現に辿り着いたのだろうが、この表現は非自明であり、天才的であると思う。 この表現にはまだ電流素片の考え方が生き残っているが、外積の適用により、電子が運動するときに 磁場と相互作用してローレンツ力 \[ \boldsymbol{F} = q\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B} \] を感じるという考え方に繋がっていったのである。

(9)ファラデーの電磁誘導の法則 [Dec.5]

教科書/参考書

教科書:「電磁気学」砂川重信著 (岩波書店、物理テキストシリーズ4)[Su77]

日本の大学で広く採用されている標準的教科書。定理の証明などが丁寧に解説されている。 その一方で、数学的な詳細に惑わされ、物理的な側面が掴み難くいと感じる 人もいるかもしれない。

電磁気学の書き下し方は千差万別で、どの教科書を手に取ったらよいか 戸惑う初学者は多いはず。どの分野でもそうかもしれないが、とりわけ電磁気学の習得には、 一冊の教科書に頼るだけではなく、拾い読みしたり、比較したりするために、 複数の参考書を併用すべき。

参考書:

  1. 「ファインマン物理学:電磁気学」ファインマン、レイトン、サンズ著[宮島龍興訳] ( 岩波書店[Fe69]

    面白い比喩を用いたり、直感的な解説に基づいて、 「どうやったら物理的な思考ができるようになるか」種明かしのようなやり方で 物理を語ってくれる。また、時折披露してくれる独特の数学手法には、 おもわず唸ってしまうことも。一方で、標準的な学習項目を系統的に 網羅していないので、ところどころで別の教科書を用いて「予習」しておかなくては 読み続けることができないこともある。砂川の副読本としては最適。 砂川を読破した後に再度通して読めば、 電磁気のdeep insight(深淵?)に気付くことができるかも。

  2. 「電磁気学演習」砂川重信著(岩波書店、物理テキストシリーズ5) [Su82]

    「演習」とあるが、教科書本文とは異なる切り口で電磁気学を書き直している感じ。 「別の教科書」と見なしてもいいくらい。計算の詳細がさらに細かく記述されていて、 独習に役立つ。

  3. 「電磁気学I」太田浩一著 (丸善、物理学基礎コース) [Ot00]

    電磁気学の発展を正確に追った珍しいタイプの教科書。 多くの教科書で電磁気学をコンパクトに書き下そうとした結果、忘れ去られてしまった 重要な手法や概念を再発掘している。現在広く使われている様々な標準的な 教科書だけを読んでいると、なぜか納得できない、 「発想の飛躍」のように見える箇所があるが、そんな場所で 論理の鎖をつなぎ直してくれる「忘れられた式/概念」を見せてくれる。

  4. 「マクスウェル方程式から始める電磁気学」小宮山進、竹川敦共著(裳華房) [Ko15]

    駒場で電磁気学を30年以上教えてきた教官がたどり着いた、"The 駒場電磁気学" とでもいうべき内容。クーロンの法則から始め、次第にマクスウェル方程式に 到達する標準的な教科書の流れを否定し、「初めにマクスウェル方程式ありき」 というスタイル。新しい教科書(2015年出版)だが、日本の「標準教科書」 になるかもしれない。

  5. "Classical Electrodynamics (Third Edition)", John David Jackson (John Wiley and Sons, inc.) [Ja99]

    アメリカ合衆国の大学院で広く採用されている、電磁気学の標準教科書。 電磁気学の教科書の「最高峰」といってもよいかも。ただし、この本から 電磁気を学び始めることはお勧めしない。初学者はあくまで参考書として 使用すべき。 多重極展開や変数分離による微分方程式の解法など、 量子力学で使う数学手法もこの教科書で学ぶ事ができるので、 量子力学をやってから戻ってきてもよいかもしれない。

  6. 「電磁気学―新しい視点にたって」バーガー/オルソン共著 (小林激郎/土佐幸子共訳)(培風館)[Ba92]

    現代物理学における応用例が多く紹介されていて、それだけ見ても興味深い。 演習問題が豊富で、翻訳版には訳者による解答がついているのも嬉しい。

  7. 「物理のための数学」和達三樹著 (岩波書店)[Wa83]

    電磁気学は電磁場を用いて記述され、その基本方程式であるマクスウェル方程式は、 ベクトル解析の技法によって表現されている。 したがって電磁気学の物理的側面を理解するには、 ベクトル解析に習熟しておく必要がある。しかし、物理と数学の知識を同時に習得するのは、 多くの初学生にとって苦労するところである。この本には、電磁気学で必要となる ベクトル解析の計算法がコンパクトにまとめてあるので、辞書のようにして利用すると 効率的な学習が可能になるだろう。

以下の文章では、上記の教科書/参考書を引用するとき、本の題名の最後に付した記号、 例えば砂川先生の教科書は[Su77]、を用いることにする。