研究内容

理論物理学、特に、有限自由度の量子多体系の物理の研究を行っています。
例えば、天体核物理(元素合成や恒星進化など)、ボーズアインシュタイン凝縮、 回転する原子核などに興味があります。

研究概要:内部座標系と平均場近似

相互作用する有限量子多体系を研究する際は、その有限性という特徴により、 内部座標系(intrinsic frame) を採用すると見通しがよくなることがあります。

これは、地球上で天体を観測する際、地球の自転に同期させ望遠鏡を動かしながら 観測すると(追尾観測)、天体の微細な構造がわかるようになるのに似ています。 例えば、オリオン座の大星雲(M42,M43)の観測を考えてみましょう。 オリオン座は冬の代表的な星座で、その腰にあたる部分の三ツ星と、腰にぶら下げた 短刀に相当する小三ツ星が特徴的です。次の写真は2011年のお正月に撮ったものですが、 三ツ星や小三ツ星が確認できます。

更に、右上にあるV字形のおうし座や、冬の大三角も確認できますが、 肝心のM42の位置を示すと実は写真中央部の小三ツ星の真ん中の「星」に対応します。 よく見ると、この「星」は、他の恒星に比べてぼやっと広がっているように見えます。

どうして広がっているのか調べるためには、望遠鏡や望遠レンズを使用して拡大写真を とります。まずは、地上に固定した望遠鏡で撮影してみましょう。 (望遠鏡はVixen A80Mfを使用。これは8cmの対物レンズを持ったケプラー式と呼ばれる 屈折型望遠鏡です。)地上に固定して、30秒間シャッターを開放して撮影したのが 次の図です。(2011年1月上旬長野県にて撮影)

確かに何かぼやっとした靄の様なものが写っています。靄の中心には明るい星があり、 靄を薄い赤/白色に照らしているように見えます。また、靄の左上には2つほど青白い 星が塊ってあるのもわかります。しかし、星の像が流れていて、これらの天体の構造はよく 判りません。これは、地球の自転による効果です。天体は夜空に固定されていますが、地球は 24時間で360度回転するので、地上に固定された望遠鏡で見える星は「動いている」ように 見えます。この写真は30秒の露光ですので、角度にして7.5分ほど回転してしまうのです。 (角度60分が1度になります。)

かといって、露光時間を短くすると、はるか遠方にある星からやってくる淡い光では、 写真写りが悪くなり真っ黒な画像になってしまいます。 地球の回転の効果を打ち消しながら、露光時間を長くするためには、地球の動きを打ち消す 方向、すなわち星と同じ方向と速度で望遠鏡を動かす機械が必要です。 これを赤道儀とか追尾装置とかいいます。 追尾装置を用いれば、地球回転による星の像のブレがなくなり、より詳細な構造が判るように なります。

次の写真は、CD-1という簡易型赤道儀(追尾装置)を用いて、2分ほど露光して撮影した M42,M43の画像です。(2011年11月上旬長野県にて撮影)上の写真に写っている天体と同じものとは思えないほど、きれいに 天体の微細構造が写っています。

真ん中の明るい星の周りに赤や白に光る星間ガスがありますが、これが「靄」の正体 でした。M42と呼ばれる水素原子ガスからなる星雲です。鳥の羽を広げたような形に 見えます。またその上にある「鳥の頭」にあたるのがM43です。 先ほどの地上固定の写真にも写っていますが、 明るめの星の軌跡のまわりに靄がたなびいているように見えるだけです。それが、 丸い形をしているとは想像もつきません。 更に、左上には青白く輝く星の群れがあり、その周りにも星間ガスがたなびいています。 こちらの星雲はNGC1978と呼ばれています。

この領域は、水素原子ガスを材料として、若い星が次々と誕生している場所です。 青白く眩しい光は星が高温で輝いていることを、また周りのガスが赤いのはその 主成分が水素原子であることを意味しています。恒星の多くは、 水素の核融合(ppチェインという) によってエネルギーを放出し輝いています。このように、 「内部座標系」に移ると、見えなかったところが見えるようになるのです。

天体観測の例を使って、物体と同じように動く観測系が、如何にその物体の詳細な構造研究 に役立つかを見てみました。似たようなことが、有限量子多体系の研究にもあてはまります。 例えば、原子核の研究をするときに、その外側から記述するのではなく、 動き回る原子核の中に立って記述すると、さまざまな構造情報がわかりやすくなります。 原子核の回転や変形、超流動性などはこのようにして発見されてきました。

しかし、相互作用する量子多体系の内部座標系の選び方は複雑で、 一義的には決まらないという問題があります。 (天体の観測の場合は、地球の回転さえ考慮すればよかったので、 簡単に「内部座標」を見つけることができましたが、もって複雑な場合の方が 世の中には多いのです。) つまり、完全ではないが、よりよい座標系を見つけた人に「勝利の女神」が微笑むのです。 超伝導理論を完成させた Bardeen, Cooper, Schrieffer など、彼らがノーベル賞を取ることができたのは、 誰も思いつかないようなよりよい「座標系」を見つけたからです。 多体系の研究の大半は、適切な内部座標探しに費やされる、 といっても過言ではありません。見逃している微細構造を、ハッキリと我々の目に写してく れる、そんな座標系や座標変換を数学的に日夜探すのが私の研究の一つです。

私の研究では、「準粒子」(数学的にはボゴリウボフ変換に相当) という見方を導入することで、量子多体系の持つ超伝導性を説明したり、 ボーズアインシュタイン凝縮をよく説明できる「ボゴリウボフ置換」などを 応用して極低温下の原子ガスの特質などを、理論的に調べています。 このような考え方は、平均場理論と呼ばれます(平均場理論に類似した理論も含むとする)。

発表した論文の例

  1. "Cranked Hartree-Fock-Bogoliubov calculation for rotating Bose-Einstein condensates",
    Phys. Rev. A 75, 063614 (2007),
    Nobukuni Hamamoto, Makito Oi, and Naoki Onishi

  2. "Semi-classical and anharmonic quantum models of nuclear wobbling motion",
    Phys. Lett. B 634, 30-34 (2006),
    Makito Oi.
  3.  
  4. "Description of superdeformed bands in light N=Z nuclei using the cranked Hartree-Fock-Bogoliubov method",
    Phys. Rev. C 76, 044308 (2007), 
    Makito Oi.
  5. "Three-dimensional rotation of even-even triaxial nuclei",
    Phys. Lett. B 576, 75-82 (2003),
    Makito Oi and P. M. Walker.

  6.   
  7. "Description of the yrast states in 24Mg by the self-consistent 3D-cranking model",
    Phys. Rev. C 72, 057304 (2005),
    Makito Oi
  8. "Problmes in nuclear wobbling motion",
    J. Phys. G: Nucl. Part. Phys. 31, S1753-S1757 (2005),
    Makito Oi and Julian Fletcher.

  9. "On applications of the 3D-cranking model to even-even systems with triaxiality and octupolarity",
    Prog. Theor. Phys. Suppl. 154 (2004),
    Makito Oi

  10.  
  11. "One-quasiparticle bands in neutron-rich 187W",
    Phys. Rev. C 77, 047303 (2008),
    T. Shizuma, T. Ishii, H. Makii, T. Hayakawa, M. Matsuda, S. Shiematsu, E. Ideguchi, Y. Zheng, M. Liu, T. Morikawa, and Makito Oi.

  12. "Excited states in neutron-rich 188W produced by an 18 O-indueced 2-neutron transfer reaction",
    Eur. Phys. J. A 30, 391-396 (2006),
    T. Shizuma, T. Ishii, H. Makii, T. Hayakawa, S. Shigematsu, M. Matsuda, E. Ideguchi, Y. Zheng, M. Liu, T. Morikawa, P. M. Walker, and Makito Oi.

  13. "Systematic analyses of the t+t clustering effect in He isotopes",
    Phys. Rev. C 74, 017307 (2006),
    S. Aoyama, N. Itagaki, and Makito Oi.

  14. "Superdeformed band in asymmetric N>Z nucleus 40Ar",
    Mod. Phys. Lett. A 25, 21-23 (2010),
    T. Morikawa,E. Ideguchi, S. Ota,, M. Oshima, M. Koizumi, Y. Toh, A. Kimura, H. Harada, K. Furutaka, S. Nakamura, F. Kitatani, Y. Hatsukawa, T. Shizuma, M. Sugawara, H. Miyatake, Y. X. Watanabe, Y. Hirayama, and Makito Oi.

  15. "Superdeformation in asymmetric N>Z nucleus 40Ar",
    Phys. Lett. B 686, 18-22 (2010),
    E. Ideguchi, S. Ota, T. Morikata, M. Oshima, M. Koizumi, Y. Toh, A. Kimura, H. Harada, K. Furutaka, S. Nakamura, F. Kitatani, Y. Hatsukawa, T. Shizuma, M. Sugawara, H. Miyatake, Y. X. Watanabe, Y. Hirayama, and Makito Oi.

研究概要:対称性の回復と量子数射影

上では、内部座標系(あるいは平均場理論)における研究の利点ばかり書きましたが、 一般の多体系の記述においては、「人間に都合のいい内部座標」は、 厳密Eに正しい選択とは限りません。 「近似的には正しい」ということは、厳密に見れば問題がある、ということです。

詳しくいうと、平均場近似とは、多体系の重要な本質のみを記述するために 考案された方法ですが、そのかわりに、系の持つべき対称性を犠牲にします。 物理の基本定理の一つであるネーターの定理によると、対称性は保存則を生み出します。 回転対称性は角運動量保存則を、ゲージ対称性は粒子数保存則を、といった具合です。 例えば、核変形を重用視する平均場近似は、回転バンドや四重極モーメントの記述には 強さを発揮しますが、変形を許してしまうので回転対称性を破ってしまい、その結果 角運動量の保存則を壊します。核変形が主眼の研究ならばよいのですが、準位間の 遷移確率の計算など、角運動量が量子数であることが重要な現象を研究するのには 向いていません。

とはいえ、平均場近似はかなりよい近似なので、それを完全に破棄して最初からやり直す のは労力の無駄です。平均場近似を基にして、よりよい状態に改善する方法を探すべきです。 そんな方法の一つが量子数射影法です。この方法のポイントは、対称性を破ったたくさんの 平均場状態を様々な方向に向けて重ね合わせることです。こうすれば、「回転運動」を 通して、変形した状態が回転対称性を回復できます。

2010年の秋から2011の秋にかけて、角運動量射影法で必要なノルムオーバーラップと言う量 を計算するための公式を導けないか、数理物理の研究を進めてきました。 その結果、 スペインのL.Robledoという物理学者が提案した、フェルミオンのコヒーレント状態、および グラスマン数代数という数学的な道具を利用して、奇数の構成粒子からなるフェルミオン多体系 のオーバーラップを計算する公式を導出することに成功しました。更に、共同研究者の 水崎教授と共に、 この公式を一般化することを目指し、研究を続けています。

関連する発表論文

  1. "Norm-overlap formula for Hartree-Fock-Bogoliubov states with odd number parity",
    Physics Letters B 707, 305-310 (2012).
    Makito Oi and Takahiro Mizusaki.

  2. "Nodal lines in the cranked HFB overlap kernels",
    Phys. Lett. B 606, 43-51 (2005),
    Makito Oi and Naoki Tajima.

  3. "Signature and angular momentum in three-dimensional cranked HFB states",
    Phys. Lett. B 418, 1-6 (1998),
    Makito Oi, N. Onishi, N. Tajima, and T. Horibata.

  4. "A selfconsistent quantal description of high-K states in the tilted axis cranking model",
    Phys. Lett. B 525, 255-260 (2002),
    Makito Oi and P.M. Walker.

科学史科学論:天体観測の方法論の研究

現代の天文学は、宇宙の果てを探ったり、他の惑星にロボットを送ったり、 最先端の技術に支えられて、研究が進んでいます。しかし、分野が細分化されすぎて しまい、総合的な理解や、科学の心を忘れがちになります。

科学史や科学論を研究するのは、そういう細分化された専門分野の研究の そもそもの目的が「自然の総合的な理解」であることを思いださせるためです。 生まれて初めて天の川を見たときの感動や、どうしてあのような天体が夜空にあるのか、 綺麗な青い空がどうして青いのか?夕焼けはどうしてオレンジ色なのか?など ナイーブな疑問。そして、その答えを見つけた時の驚き。こういう原始的な 心の動きこそが科学探求の原動力です。科学史や科学論の研究を通し、この原動力を 養いそして保持し、現代科学での発見へと繋げたいと思います。

とはいえ、大昔とまったく同じ方法で観測するのはなかなか難しいし、時間的、 地理的な制約もあります。そこで、身の回りにある現代の道具を利用して、 先人が苦労して見つけた宇宙の真理を再発見し、その過程でその方法論の本質を理解 するよう試みるのが、この研究のテーマです。

色々なテーマについて、並行して研究を行っていますが、その幾つかを挙げてみると、 (1)惑星の運動と地動説/天動説の解釈;(2)太陽の黒点観測;(3) メシエ天体の観測と星座分布; (4)月の運動などです。また2012年には金環食がありますので、 その観測も計画しています。