第一部:あなたはどこにいるのか: 月の観測

地球照の観測、月の楕円軌道の観測

2013年の年末の満月はマイクロムーンでした。そのわずか2週間後の、 2014年正月の新月はスーパームーンでした。 両者のみかけの大きさを比較することで、 月の楕円軌道の離心率を算出できます。

普通は、満月のスーパームーンと、満月のマイクロムーンの大きさを比較したいところですが、 通常両者は半年ほど時間的に離れて発生します。それまで待てないというせっかちの人は、 地球照で照らされる新月近くのスーパームーンやマイクロムーンを利用すれば、 2013/2014年の場合のように、わずか2週間で離心率を概算することが可能となります。

下の画像は、左側が2013年12月の満月(マイクロムーン), 右側が2014年1月の三日月(スーパームーンの3日後)となっており、 画像処理ソフト(gimp)をつかって合成したものです。 わずか2週間しか違わないのに、月のみかけの直径が随分違うことがわかります。

三日月のとき、太陽に照らされた非常に明るい細い部分と、ぼんやりうっすらと月の表面が 見える残りの部分に分かれます。このぼんやりとした光は、地球の表面で反射した太陽の光が 月面を照らすもので「地球照」と呼ばれます。 これに最初に気づいたのはガリレオと言われています。(ガリレオ著「星界の報告」(1610年)に 記述あり。)月面から(まんまる状態の)地球を見ると、 満月以上に明るく輝いているそうです。

満月のスーパームーンと満月のマイクロムーンを比較した観測が下の画像です。 2013年の(満月の)スーパームーンは6月22日でした(梅雨の真っ只中で 終日雨降りだったのですが、月の出直後の宵の時間帯に、ほんの一瞬、雲の切れ目から 満月が姿を表しました)。一方、(満月の)マイクロムーンは年末の12月17日で、 上の画像と同じものです。

画像ソフトgimpを用いて月の視直径を割り出し、マイクロムーンとスーパームーンとで 視直径の比を計算すると112%となりました。このデータをもとに離心率を計算すると ε=0.0567という値を得ましたが、これは公式の値0.0549..と非常よい一致を示しています。

[離心率の計算法] スーパームーンは近日点、マイクロムーンは遠日点に相当します。 焦点(地球の位置)からの距離をそれぞれr, Rと表すことにします。もちろん、r < Rです。 楕円の幾何学上の性質から,

	  R + r = 2a
	  R - f = r + f = a
	
が成り立ちます。ただしaは楕円軌道の長軸半径。上の2番目の式は、辺辺を引いてaを消去すると
	  R - r = 2f
	
という等価な関係式を得ます。したがって、離心率ε=f/aは
	  ε= (2f)/(2a) = (R-r)/(R+r) = (1- x)/(1+x)
	
と表せます。ただしx=r/R。視直径の比はxの逆数に等しいから、x'=1/xと表すと、
	  ε= (x'-1)/(x'+1)
	
となります。上の観測データに基づいてx'=1.12を代入するとε=0.12/2.12 = 0.0566.. を得ます。

月の最大離角

太陽と地球の間の距離を1天文単位といいます。 現在の技術(レーダー、レーザー、電波)を用いた測定により、 約1.5億キロメートル(1.49598億キロメートル)であることが確定しています。

しかし、長い間この測定は困難でした(三角測量に頼らざるを得なかったため)。 人類史上最初に正しいオーダー(つまり、おおよそ1億キロ)を算出したのが 1639年のことで、 英国のホロックス(J. Horrocks)によるものでした。金星の日面通過という珍しい現象を 精密に測定した成果でした(ちなみに、この日面通過の日時を正確に予言したのが、 1630年に没したケプラーでした)。ホロックスの観測を契機に、測定の精度は 飛躍的に改善し、1672年にはイタリアのカッシーニ、英国のフラムステッドの観測では、 1.38億キロメートルとされました。現代の測定値と遜色のない精度で最初に測定したのは 1862年のフランスの物理学者フーコーで、1.4950億キロメートルとしました。

一方、月の軌道は厳密には楕円軌道ですが、上で調べたように、その離心率は非常に小さく、 ほぼ円軌道とみなすことができます。その半径はガリレオの「星界の報告」にも、「地球半径の 約60倍」と記されています(初版本には「地球直径の60倍」と誤記されていたようですが...)が、 人類が地球と月の距離を知ったのはもっと前、古代ギリシア文明の頃だったようです(三角測量 を用いた)。

地球と太陽を結ぶ直線から、月がどれだけずれているか示す角度を「離角」といいます。 簡単に言えば、空に太陽と月が同時に見えているとき、その2つの天体の角度が離角です。 半月のとき、離角は最大となり、最大離角と呼ばれます。 最大離角は、天文単位と月の軌道半径の情報があれば算出することができます。 幾何学的な考察から、半月のとき、 太陽、地球、月を結ぶ三角形は直角三角形となるためです。その表式は

	cosθ = rM/R
      
と表せます。rM=60rE, rE=6400km(地球の半径)、 そしてR=1天文単位(1.5億km)です。計算するとcosθ〜0.002程度となり、これに対応する 角度を関数電卓で求めるとθ=89.89度となります。つまり、月の最大離角はほぼ直角と みなしてよいということです。太陽と地球の位置が無限大のとき、最大離角は厳密に90度 になりますが、その極限で太陽からの光線は「平行光線」とみなせます(実はこれが、 三角測量を用いると太陽と地球の間の距離が精度良く測定できない原因)。

したがって、太陽と月が同時に空に浮かんでいるのを観測できないのは、(おおざっぱにいって) 満月のときだけ、ということになります。月齢が15日未満、すなわち満月になる前は、 夕方の日没前に月は東から昇ってきます。いっぽう、満月を過ぎると、月の出は日没の後に なりますが、西の空に月が沈む前に、東の空から太陽が昇ってくるようになります。 本当かどうか、自分で確かめて見ると面白いでしょう。この観測には、望遠鏡も、 デジカメも必要ありません。十分な観測時間と肉眼さえあれば、この観測を行うことができます。

ちなみに、R→∞の極限で、離角θは、月表面の光っている部分の角度とだいたい等しくなります。 このことを利用して離角を日々測定し、月の公転角速度の時間変化を算出することもできるでしょう。ちなみに視半径の時間変化も測定すれば、これはケプラーの第二法則、面積速度一定の法則、の検証に相当します。

クレーターの名前と月面地図

望遠鏡を使って月面を観測すると、クレーターの詳細な姿がレンズの向こうに浮かび上がり、 思わず感嘆の声をあげてしまう人は多いと思います。これに慣れると、次は、自分の見ている クレーターの名前を探したり、月面の地理に関しての興味が湧いてきます。

たとえば、下の画像において、1,2,3と番号をふったクレーターの名前を調べるにはどうしたら よいでしょうか?

まずは、インターネットの情報を利用して調べて見ましょう。 かつてNASAの探査目標の第一位は月面調査でしたが、現在の研究優先度としては、 この研究はあまり高いランクづけがされていません。 したがって、研究テーマとしては「古く」なってしまい、役に立つ情報はリンクの奥底に 隠れてしまってなかなか探し出すのは大変です。 (例えば、アポロ16号の月面探検の様子を記録した「航海日誌」はここから閲覧できる。この日誌に記録された 活動範囲(North Ray Crater)を 示した地図はこちらで確認できる。あるいは、 月面への至近距離から撮影したクレーターの画像データや その分析をまとめたアポロ計画のレポートはこちら。)

一方、月面を現在進行形で観測しているアマチュア 天文家は多い(世界中にいる)上に、観測技術や機材の性能が向上したことにより、 一昔前のNASAに匹敵するような観測がアマチュアにも可能となっています。 月面の地理に関する情報はまずはそのようなアマチュアのサイトから探し出すのがよいでしょう。

例えば、私がよく利用するのがこちらのサイトです。晴れの海周辺を撮影した、上の画像のクレーターの同定にはこの部分が役立つでしょう。

また宇宙関連の学習/研究を推進するために1969年に、合衆国政府および米国科学アカデミーが 中心となって設立した非営利団体Universities Space Research Association (USRA)に属する研究所LPI (Lunar and Planetary Institute)が発行するこちらの月面地図、特にLM series (Lunar map)は素晴らしいです。 たとえば、プトレマイオスクレーターの周辺の地図(LM77)はこんな感じ。

この地図の中央より右上にあるヒッパルコスクレーター(Hipparuchus)が、 上の画像の1番のクレーターに対応します。画像を拡大したものを以下に掲示します。 巨大なヒッパルコスクレーターの中(上部)に見える小さくまん丸のホロックスクレーター (Horrocks)、 さらにその上にある小さなピッカリングクレーター(Pickering)がよくわかります。 ヒッパルコスの下の大きなクレーターはアルバテグニウス(Albategnius)です。アルバテグニウスと ヒッパルコスの間にあって、右上に伸びる4つの小さめのクレーターがよく写っています。 そのうち大きいもの2つに名前が付いていて、それぞれ ハレークレーター(Halley)、ハインドクレーター(Hind)となっています。

ところで、月面クレーターを 3Dプリンタで印刷するためのデータ がNASAから公開されています。 3Dプリンタを持っている人はぜひ試して見てください。

火星の観測

地球と火星の軌道は、両方とも太陽を中心とする楕円軌道です。 したがって、地球と火星の距離は年によって変動します。 地球と火星の公転周期の比はほぼ1:2なので、 地球と火星の距離は隔年で接近したり、遠ざかったりします。 大接近というのは、接近する場合でも、地球と火星の楕円軌道の間隔が 特に狭まったときに相当します。

ただ、地球の離心率は0.0167ととても小さいので、実際に描画してみると 人間の目にはほとんど円のように見えます。火星の離心率は0.09342で 地球の離心率の5倍以上もありますが、それでも描画すると円のように見える かもしれません。ただ、火星の楕円軌道の主軸は、 地球に対して回転していますので、それを考慮して軌道を描くと、 地球と火星の軌道の間隔は不等であることが明らかにわかります(下図)。

(注)上図を描くに当たっては、火星の軌道傾斜角は0度と近似し (正確には1.8496°)、昇交点黄経と近日点黄経の和が春分点と 火星軌道の主軸(近点方向)とがなす角に相当することを用いて 軌道の主軸が向くべき方向(近似ですが)へと回転させています。 また、太陽の位置は原点とし、多体系の重心周りの「揺らぎ」は 無視しています。座標の単位は天文単位(au)です。

Wikipediaによると、 軌道計算による、地球火星の最短距離(=絶対大接近距離) は0.37271(au), auは天文単位、ということで、6万年周期だということです。 (注:上図の近似計算では、この距離は0.373auとなり、軌道傾斜角を0度と 近似しても少数第4位での四捨五入程度の精度はあることがわかります。)

2016年には0.503(au)に「中接近」し、2018年には0.385(au)に大接近しました。 2018年の「大接近」は2003年の0.3727(au)以来、15年ぶりの大接近です。

私も8cmの屈折望遠鏡(Vixen A80Mf)を用いて、2016年の中接近と 2018年の大接近の2回の機会に観測を行いました。下の写真が その結果です。

2016年の観測では、火星を「赤くて丸い惑星」として捉えるのが精一杯でした。 口径8cmの望遠鏡では、火星の縞模様を捉えるのは困難だということが わかりました。右側の写真は20cmの望遠鏡で観測した人がastroarts.co.jpで 公開した同じ日に撮影した火星の観測写真です。火星の模様がわかります。 私の観測写真をコンピューターによる画像処理で拡大してみましたが、 うっすら見えるか見えないか程度の記録してできず、非常に落胆しました。 しかし、2年後大接近では、2016年と比較して24%も接近するので、 もしかしたらなんとかなるかもしれないと一縷の望みを託して2年間の準備に 入りました。

2018年の観測までの2年間、大型の望遠鏡を導入することや、 ビデオ撮影によるコンポジット処理などについて勉強しましたが、 結局自分のものにすることができず、本番では2016年と同じ方法で、 一発勝負にかけることになりました。左下の2枚が私が撮影した写真です。 一方、右の2枚が私よりもよい装備や画像処理によって観測した結果ですが、 こちらの二枚は別のアマチュア観測家が撮影し、 astroarts.co.jpで公開しているもの(つまりお手本)をお借りしてきました。 私の観測とほぼ同じ時期に撮影していますので、 同じ模様が写っているはずです。「お手本」を見ますと、北半球に黒い模様が 存在しているのがわかります。これは山岳地帯だと思われます。 口径30cmのDobsonianで観測した方の写真には、北極/南極のドライアイス からなる白い極地冠が見えます。さすがです。

お手本ほどははっきりはしませんが、私の写真にも北半球の黒い模様がうっすら 記録されているのがわかります。なんとか、2年前の雪辱をギリギリのところで 晴らせたと思います。2020年にも「大接近」は起きますが、 今年と比べると7%ほど距離は増加してしまいます。 この「悪条件」に打ち勝つべく、次の2年間は真剣に 準備をしてみようと思います。新型望遠鏡か、それともコンポジット処理か、 はたまた両方採用するのか、思案のしどころです。

国際宇宙ステーション(ISS)の観測

国際宇宙ステーション(ISS)は天体ではありませんが、 人工「衛星」ですから、地球の重力と釣り合うためには どのくらいの速度で周回しなくてはならないか、どのような高度で 飛んでいるのか、太陽光に反射するとどのくらい光るのか、など さまざまな天体情報を教えてくれます。観測技術の向上のための練習にも なります。ぜひ、一度は観測してみましょう。

例として、2018年3月27日に長野県で観測した様子を紹介します。

ISSは大きな太陽光パネルを持っていますが、地球に対し適切な 角度に傾いた時だけ、太陽光を強く反射して地上から観測することができます。 この日は、19:00から5分間だけ夜空に輝くことが予報されていました。 ISSがいつどこで輝くのかは、天体計算をすればわかりますが、 自分でやらなくても、NASAがその計算結果を公表していますので、 それを頼りに観測を行うことができます。

その一つが spotthestation.nasa.govです。まず観測場所(Sighting location)を 指定します。川崎に近いのは、調布、東京(なぜか世田谷区桜上水付近が 指定されている)、それに横浜といったところになりますが、好きなところを 選びます。そうすると、観測できる日時、ISSが光っている時間間隔、 光跡の最高高度、ISSの光跡が見え始める方角と消える方角などが 印字されます。複数候補が印字されますが、高度が高く、出現時間の 長いものを選ぶと観測しやすくなるでしょう。私が行なった上の観測では Nagano, Japanを選びました。方角は北東で、高度は(水平線上に)28°でした。 この高度は案外高いようで、実は家々の屋根のちょっと上程度に 過ぎませんでした。ISSの出現は音もなく、輝きもなく、スーッと静かに 始まりますので、最初の数秒はどこに現れたかわかりませんでした。 ISSは飛行機の灯のように点滅はしません。また、観測写真のように線を 描くわけでもありません。光の点がすーっと、滑らかに動くだけです。 (観測写真では、10秒程度の長時間露出をかけているので、光跡が重なって 線状に映ります。また、観測写真では光跡が途切れていますが、これは露出が 長くなりすぎると地上の風景が明るくなりすぎて、真っ白く映ってしまうので、 それを防ぐためにいったんシャッターを切っているからです。したがって、 上の観測写真は、6枚の写真を合成(比較明合成)して作成しています。)

また、ISSの現在位置を知るためには, www.isstracker.comなどのサービスを利用するとよいでしょう。リアルタイムで、位置情報を教えてくれます。

参考文献