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食べるということ 2010年6月30日〜7月13日 病院の食事がどのようなものかは、よく知られているようです。ゼミの学生さんたちが、お見舞いといってふりかけを贈ってくれました。わたしは一般食なのですが、基本的に魚中心で、おかずの量が少なく、ご飯だけは2杯分あります。なぜ、ふりかけなのかが分かりました。だれか、その辺の事情に詳しいひとがいたのでしょう。 看護師さんに、「どうして卵料理が出ないのか、卵は体に悪いからか」と聞いてみました。そんなことはない、との答でしたが、あとで理由は分かりました。何と1食280円、卵をつけるゆとりはないですね。廊下で看護師さんたちの会話が聞こえてきました。だれかが部屋にいない、どうも外食に行っているらしい、という会話でした。わたしは、外食はしませんでしたが、卵を家から持ってきてもらって、しばしば卵かけご飯にしていました。 「卵かけ」というのはどうも日本特有の食べ方らしいですが、ヘビのような印象がするのでしょうね。ともあれ、わたしの大好きな食べ物のひとつです。でも、外国ではカラに雑菌がついているから、卵かけはしない方がいいそうです。 世界三大料理と聞けば、しばしばフランス料理、中華料理と、あとひとつはたいてい自国の料理をあげるひとが多いようですが、和食は、愛国心と関係なく、世界三大料理の一つだと思います。最近は世界中で認知されはじめました。日本は中国文化の影響が大きいですが、食事だけは、本質的に違いますね。 明治に日本に来たお雇い外国人、ジョーンズは、学生が刺身を食べているのを見て不衛生で野蛮だと禁止したそうですが、いまや世界中のスノッブたちが寿司を食べています。アメリカの片田舎にも寿司屋があるそうです。 和食の特徴は、生ものが多く、薄味で微妙な味の差を気にし(「旨み」という味覚の種類を唯一知っていた)、見た目の美しい色合いで配置する、という点にありますが、さらに、ご飯を主食として、食べ物を交互に食べるというのも特徴です。西欧にはパンもお米もありますが、主食という概念がないようです。 でも、もっと大事なことがあります。和食は「口内調理」という点で独創的なのです。つまり出来上がったものを食べているのではなく、口のなかに入れたときの、多様な食物の混在状態の変化を味わうのが基本なのです。そのようなわけで、ご飯を食べて区切りをつけながら、つぎのおかずを食べるのです。 たとえば、日本人は、世界で最も熱いものが食べられるそうですが、それはすするという外国では顰蹙をかうような音をたてながら、空気を取り込んで急速に冷やしながら食べる技術を身につけているからです。とはいえ、上品な音のたて方というのがありますから、用心しましょう。 もうひとつの例は、刺身です。西欧の一般庶民は、魚を生で食べるのは野蛮だ、まして海草を食べるのはどうかしていると考えているようです。しかし、和食の特徴は、味や香りだけでなく、形を食べるということにあります。 刺身も魚の種類によって大きさや形が違いますが、西欧人にとっては、ゼリーのちょっと固い食べ物にすぎないのに、日本人は魚の種類の味の違いが分かるし、それが最も分かるような形にするのです(やたら大きい刺身を乗せる寿司屋はそのことが分からないひと向けです)。鯛もマグロもフグも、最もおいしい形と薄さがあるのです。 同様に、海苔という不思議な食べ物。黒い紙のようなものが何か、世界のスノッブたちは知らないのでしょう。海草だと聞くとぞっとするかもしれません。和食はこのように独特のものが多く、日本人はそれなしではやっていけない面もあって、外国からすぐに帰ってきてしまいます。アングロサクソンが世界中にいるのは、肉さえ食べていればよくて、食事をあまり気にしないからかもしれません。 それにしても、料理こそ文化です。考えてみてください。食事とは、動植物の死体を口に放り込んで、唾液と混ぜ合わせながらぐちゃくちゃにして飲み込むことです。人間とは動物であり、かつては自分たちも他の動物からそうされていたのです。こうした動物としての営みをどうやってごまかして、何か上品なことのように見せる工夫を進めたひとびとは、「おいしければ何でもいい」というひとと比べれば、まさに文化的なひとなのです。 |
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トップページ: ある散歩者の思索(黄斑円孔手術体験記) 船木 亨 (c) FUNAKI Toru 2010- |