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わたしも「デクノボウ」になりたい 2010年8月3日 退院して大学の仕事に復帰したとき、スタッフ(他の教員)のみなさんや教務課のみなさんが、口々に、わたしの手術後の病気の状態はどうなのか、表現はいろいろでしたが尋ねてくれました。「迷惑がられているかもしれない」、「気にもされていないかもしれない」と少し心配していたのですが、そういうことではなかったのです。 悪意と善意を比べると、善意にはいろんな例がありますが、悪意というものは存在しないのではないかと思えてきました。 どういうことかというと、悪い行為、悪いひとはいるけれども、その行為は悪意によってではなく、それを行うひとが追い詰められているからするのであり、そのような行為の依存症になったり、その行為が救済の意味になったり、罰せられることを求めていたりするひとがいて、それが「悪人」(親鸞)と呼ばれるのではないでしょうか。 きれいごとをいうつもりはありません。妬みによって、恨みによって、怒りによってひとに悪いことをするひとはいるのですが、それを悪意と呼ぶべきではなく、追い詰められている、それをしないではいられないほど苦しんでいるということではないかと思うのです。 その行為が他のひとに悪いことをひき起こすことを望む、という点で悪意と呼ばれるのかもしれませんが、悪であろうとする意志があるかというと、それは意志ではないと思います。意志は、古代から善なるものとして考えられてきた概念です。それに、むしろ「善意志」(カント)がひき起こす悪の方が、よほど困ったものなのではないでしょうか。 善意はしばしばひとの心を知らず、そのひとにとっては嫌なことをしてしまいますし、他のひとにも同様の行為をするように要求しないではいられません。その意味では、善意はない方がいい、せいぜい、ひとが求めたことをしてあげる姿勢といった程度の方が、よほどいいのではないでしょうか。 わたしがこのようなことをいうのは、病気になる以前とは違う考え方になったからです。わたしは毀誉褒貶の激しいタイプで、自分もびっくりするほど誉められて、ひっぱりあげてくれた先生が何人もいる代わりに、邪な手段を使ってですら、わたしの足をすくおうとするひともたくさん現われました。わたしは、こうした「悪意」をたえず心配しながら生きてきました。 でも、考えてみると、そのようなことをされるにしても、そうされるのはわたしだけではない、大多数のひとがどこかでだれかからされているわけですし、わたし自身にも嫉妬や怨恨や憤怒の感情もあるわけです。それを出すとかえって不利益があるかもしれないから隠しているだけのことなのです。もしわたしがそれを抑えきれないほど弱ってしまえば、わたしも悪いことをするかもしれません。 宮沢賢治が手帳に書きつけたという有名なメモ『雨ニモマケズ』は、「デクノボウトヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ、ソンナヒトニワタシハナリタイ」ということばで終わります。「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」からはじまる元気いっぱいのこのメモが、こんな結論になるとはだれも思いもしなかったことでしょう。 宮沢賢治のすごさを、わたしははじめて知りました。わたしも最近は、少しだけデクノボウになれるような気がしてきました。 2010年8月10日 病気になるまえ、わたしは自分を傲慢な人間であるとは思っていませんでした。 ひとにいばることもないし、かっとなって怒ることもないし、自慢話もしないし、差別的なことをいわない。困っているひとには同情して話を聞いてあげるし、わたしの話を聞きたいひとにはいくらでも時間を使って話してあげました。失礼なことをしたり、失礼なことをいったひとは、忘れてあげるのが一番だと考えていました。 そのように自分のことを考えていたとは、わたしは少し傲慢だったかもしれません。 というのも、「わたしは強い人間で、自分の問題は自分ひとりで解決できる」と考えていました。そして、自分の問題を相談してくるひとには応えてあげられるけれど、その弱さを押しつけてきたり、その弱さゆえにひとを苛立たせるようなことをしたり、ましてずるいこと、邪なこと、汚いことをしたりするひとに対しては、さっと身をかわして縁を切ってきたのでした。 それぞれのひとが、本来は、「わたしのように」強い人間でなければならないなどと考えていたのです。 わたしは病気をして、必ずしも強い人間ではない、自分ひとりで完結できる人間ではないことを知りました。わたしは、精神安定剤や睡眠導入剤を必要としましたし、自分の状態(愚痴)を聞いてもらえるひとを必要としました。 病気の最中でも、わたしは、仕事で出会うひとや学生のひとたちなど、わたしのプライバシーを話すべきではない相手には、無理をして明るくふるまい、自分の病気を隠しましたが、そのあとにはどっと疲れが出ていました。 わたしはいまなお、自分のことを、それほど弱い人間ではないと考えていますが、どんな状況になっても自分の問題の対処に関して、自分ひとりで完結した対応ができるような強い人間ではない、そんな人間がいるわけがないと思うようになりました。 これからは、弱っていて変なことをするひとに、さっと身をかわして縁を切るという、いまにして思えば冷たい態度は、できたらやめたいと思います。そんなことをしてきたのは、自分が弱い人間だったからかもしれません。 |
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トップページ: ある散歩者の思索(黄斑円孔手術体験記) 船木 亨 (c) FUNAKI Toru 2010- |