黄斑円孔手術体験記


黄斑円孔手術体験記


2010年7月1日午後1時すぎ〜午後2時

3日前から雑菌を殺す目薬を1日4回さしてきましたが、手術の日は、朝から1時間ごとに瞳孔を拡大するための目薬をさしていました。看護師さんから手術は1時過ぎと聞きました。8時に食事をし、ひたすら目薬をさし、昼食はおあずけでした。

1時すぎに看護師さんがやってきて、手術室に連れていかれました。はじめて車椅子に乗りました。場所がどこかも知りません。長い廊下を通り、エレベーターに乗り、また廊下を通って、いかにもそれらしい扉のなかに入っていきました。

たくさんの機材や薬品類らしいものがつまった仕切りの多い部屋の片隅にまたドアがあって、そこを覗くと、何かのスタジオのように見えました。名前を確認され、どこを手術するか確認されました。

続いてスタジオのなかに入っていくと、テレビドラマで見るような大きな照明と細いベッド、これが手術台で、横になるようにいわれました。頭の部分だけ突き出た台ですが、「これだけ?」と、あっけに取られた感じでした。恐怖で暴れださないように、装置で頭をしっかり固定されるのかと予想していたからです。

顔に布がかけられたので、左眼は見えません。右眼はすっかり瞳孔が開いているので、照明の光ばかりで何も見えません。クラシック音楽が遠くで流れています。嫌いな曲じゃなくてよかった。

まず、一番痛いといわれていた麻酔をされました。何をどうしているのかは知りませんが、ぐりぐりと痛いことは痛いけれど、がまんできないようなものではなく、すぐに終わり、白内障手術へと進みました。

白内障手術を怖いと思ってやらないでいる方にいいますが、何ということはありません。怖いこともなく、あっという間に終わります。

何をされているか知らないままに、「ちょっと押しますよ」といわれたら、圧力がかかり、「そんな風に眼を押してはまずいのでは」くらいに思う程度で、もう終わっていました。手術台に寝てから10分もたっていなかったと思います。

でも、それに続く黄斑円孔手術は、すごかった。怖いものみたさのひと向けです。怖いというよりファンタジーかもしれませんが。

白内障手術は、事前に医師からいわれていたとおり、何も見えませんでした。しかし、そのあとされたことは、よく見えました。驚きです。何が見えていたか、お話ししましょう。麻酔が効いているので、痛みはまったくありませんが、見えているのは、不思議な世界でした。

三本の細い金属棒が、するすると入ってきたらしいのですが、そのうちの上方にある1本が、明るい横長の長方形の光を放ちました。左横からもう1本、右下からもう1本の棒が見えています。

右上に真っ暗な固まりがぼんやりとあります。何がどうなっているのやら、ちょうど深海調査艇が船の先端部分の丸く突き出た部分の上の方から、海底を探索しているような場面に立ち会っている雰囲気です。

左下の棒がピンセットのようになっていて、海底部分をちょんちょんとつついたり、ひっぱったりしています。ときにはさみのようにも見えます。ときどきビビッと稲妻のようなものが光り、同心円状の茶色や青色のグラデーションが現われます。

どのくらいそれをしていたか分かりませんが、何か執刀医が質問して、返事をしました。覚えていませんが、「大丈夫ですか」くらいの質問です。

そのちょっとあとに、たばこの煙のようなものが棒のなかからゆらゆらと出てきたので、思わず「ガスですか?」と聞きました。それは何かを剥離しやすいようにする薬だそうで、聞かなきゃよかったと思いました。ガスを入れれば終わりのはずですが、わたしももう疲れてきていたのでしょうね。

そのあと、ひものようなものがふわふわ浮かんで、1本の棒がするするとそれを吸い込んでいくのが見えました。きっとあいつでしょう、わたしの右眼の眼底に悪さをしていたひもです。ほっとしました。

やがて手術は終わりに近づき、ガスを入れているようでした。執刀医がひとりごとのように、「やけに順調だな、順調すぎて、何か忘れてないか心配だな」といいました。

それまでも、何回かもう一人の医師(主治医)と「〜ミリの〜はないのか」とか専門用語の会話をしていましたが、このことばは、微妙でした。わたしを安心させるためにいってくれたのかもしれません。でも、「本当に何か忘れていたら、どうしてくれる」とも思いました。

1時間以上かかるといわれていたのが、1時間弱で終わりましたから、実際に順調だったのだと思います。理由はひとつ思い当たります。わたしがまったく頭を動かさなかったからに違いありません。手術が終わって車椅子に座った瞬間、首と肩が異様にこわばっていて、ずきずき痛みはじめたのに気づきました。

ベッドと頭を乗せる台との間に空間がありますが、眼科の手術用に、首を支えておくアームのようなものを取り付けた手術台があってもいいのではないでしょうか。

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