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Chapter
T


_ESCAPE,RESCUE,AND RECAPTURE:
FAMILIES AND THE WARTIME STRAUGGLE FOR FREDOM



Jim Heiskellの宣誓供述書(pp39-pp41) 担当:藤島 亮
                               藤島 亮 Jim Heiskellの宣誓供述書 1864年3月30日テネシー州、knoxville (pp39-pp41)要約 奴隷にとって、一度プランテーションを脱走し、また奴隷所有者側に再捕獲されるということとはどういったことであったのであろうか。今回読んだJim Heiskellの宣誓供述書から脱走し再捕獲される奴隷の体験を詳しく知ることができ、またJimの兄の登場から過酷な状況での「兄弟愛」といったものを理解することができた。


【要約】
 Jim Heiskellはテネシー州で主人のHeiskellの奴隷として牛の飼育場に住んでいた。そこには監督官として、Cromwel Pierceも共に住んでいた。このCromwel Pierceの日ごろのJimに対する暴力が原因でJimはプランテーションを脱走するのであるがその暴力とはどういったものか。食事はミルク半パイント(0.275?)とコーンブレットと十分には与えず、鞭打ちを週に3,4回行い、木を切り、運び、積み上げるといった13歳の少年には過酷な労働をさせた。そしてプランテーションでの激務から逃れるためにJimは兄のBob と知り合いのいるKnoxville逃げ出す。KnoxvilleではCapt.Smithの使用人として雇われ、兵舎主人のWinslowの食堂で働き、仕事の後は兄と暮らす生活を送っていた。

 しかし、先週(声明文の書かれた日から)の金曜の夕食後、監督官のPierceがGAYSTREETに現れJimを連れ去り主人Heiskellの家へ連れ戻されてしまった。そこでは凄まじい尋問、拷問が待っていた。PierceとHeiskellの鞭打ちに、Jimは叩かれるたび「おお、神よ」と叫んだということからかなりの痛さであったことがわかる。

 そして夕暮れにHeiskellから「黄色がかった黒人が、話があると言って来たぞ」とJimに伝えた。そのことからJimは黄色がかった黒人とは兄のことであり、兄が助けに来てくれたとわかった。しかしHeiskellの方もそのことが分かったらしく、日の入りしてから約2時間後に2人の兵士を救出阻止のために配置した。

 ついに兄の助けによる脱走が始まる。Bobの口笛を聞いたJimは窓越しからBobに脱走の手引きを聞く。それは窓を開けそこから飛び降りて来いというものであったが、Jimは拷問の際に足かせを付けられていたことと恐怖感から飛び降りることができなかった。そこでJimのためにBobははしごを持ってきてくれた。はしごを降りBobの腕に支えられながら逃げているときに、やはり銃を持ったPierceに見つかってしまった。銃が2,3発、発せられたのを聞き、地面に這いつくばることで、2人は何とか逃げ切り友人の家へ行き、その後足かせをはずしてもらい、病院へ行った。そしてJimは現在病院で働いている。


【考察】
今回Jim Heiskellの声明文を読んで、分かったことが2つある。まずはこの声明文が書かれた1863年ごろのテネシー州は北軍の侵攻が行われていたために奴隷所有者は自分の財産を守ることに必死であったということ。これは脱走前や再捕獲後のJimに対するきつい拷問から、なんとしてでも財産としての奴隷を保持していたいという所有者の意図を読み取ることができる。そしてもう一つは過酷な状況でも、兄弟愛というものは存在するということ。自分の命を危険にさらしてまで弟を助け出したBobの行動からそのことが分かった。



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