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Chapter
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_SLAVE CULTURE:
"honest and fair service to the Lord and all mankind everywhere"



Josephine Howardの話(pp.155-160) 担当:太田圭

 Josephine Howardはアラバマ州テスカローサのTim Waltonのプランテーションで奴隷として生まれた。祖母と母は、白人によってアフリカから連れ去られ、その後Timに売られた奴隷である。

 祖母はTimに売られた後、一年ほどで他界した。

 母Leonoraはその後コックになり、別のプランテーションの奴隷のJoe Tatumと結婚し、Josephineを含む8人の子供を生んだ。しかし、彼らの結婚は通常のものとは違い、繁殖の為に一緒にさせられたのだった。

 父とはWalton一家がテキサスへ移住するにあたり、離ればなれになった。
 テキサス移住時、女・子供の奴隷は荷車で、男の奴隷は互いに鎖をつながれ、徒歩で移動した。

 Caleb Craigは1851年12月24日、サウスキャロライナ州のブラックストックにあるプランテーションで奴隷として生まれた。

 Calebの母Marthaは美しい混血の奴隷だった。主人のJhonは娘Marionの結婚時には、Calebを含むMarthaの娘たちを持たせた。その後、もう一人の娘Nancyの結婚時にはMarthaを与えた。


以上2つのインタビューから、奴隷は財産として見なされていた読み取れる。奴隷というのは、主人にとって自らの富の一つであったのだ。だから娘に花嫁道具として持たせるし、引越時には、新たな土地へ連れてゆくのである。「連れてゆく」というより「持っていく」というところかもしれない。



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