→レジュメ前半部より:
W.貨幣諸機能の基本原理(第V章より)
1.考察視角(p106-107)
・F3についての問い……F3のロジック(選別―排除による,社会的承認の集権的原理の形成)
→隠される(←正統性を主張するため)。理論的分析は回帰的解読でなければならない。
・F3の基本機能=計算単位……(1)富を表す物は一定程度まで準備・流通の手段になる,(2)貨幣
として社会的に承認された富だけが計算単位になる。
・価値は社会に由来すると考える(「流通→価値」のアプローチ);他方,F3形態へのアクセスが
準備・流通の機能を変化させる。
2.計算単位と抽象化(p107-108)
・社会の次元……計算単位の規範的作用→通貨空間(市場的共同体)の構築。この中でF1の「差
異消滅」は,私的なものと社会的なものの「分離」へ転換される(貨幣創造が重要になる)。計算
単位の確立は「抽象化プロセスの永続性」を保証する。
・暴力の痕跡が消滅……計算単位は「観念貨幣」,純粋な慣行として現れる→「人間の巧智による
自然的な所産」であるように見える。
・しかし,等価性のロジックは暴力の論理;∵私的/社会的以外の差異をなくす。このロジックは
集権的規範への従属を含意し,統合/排除のプロセスが存在することを必要とする。その形態が残
高支払制約(規範No)。
3.流通手段と集権化(p109-112)
・F3からF1への回帰(F1は商品流通の基本形態に転換)……F1の分離は,(1)維持される(売りと
買いの分離)と同時に,(2)転換を遂げている(逆向きの反対称的な2つの関係の暴力的中立化);
本質的暴力は貨幣制約に転換している。
・金銭の欲望は,「社会的に承認された効用をもつ商品を低コストで供給すること」によって追求
される→「旧来の社会関係の再定義―破壊の複雑なプロセス」進行(→個人主義的関係の拡張に間
接的に寄与)。
・流通手段の社会的重要性……多産性(fecondite)ゆえに,「商品の共同体にとって本質的な重要
性をもつ」;他方,「中断の可能性なしの運動」という幻想(実際には,計算単位機能が維持されて
いる中で,取引手段が探索されることある)から,「シンボル的貨幣」(交換を容易化する純粋な
慣行)が語られるようになる→貨幣の脱物質化のプロセスが進行し,生産の首尾一貫性のみが研究
対象になる;銀行支払手段の集権化はこのプロセスをもたらす。
・交換についての物神崇拝的見方……@商品流通を広大な辞書に喩える「記号の経済学」;A
貨幣記号(章標)の中立性を指摘する「純粋経済学者」。これらは,流通の形態のみに関心を寄せ
ているか,結果だけを強調する議論。
4.準備手段と調整(p112-115)
・上の2つの見方は誤り;∵「商品流通は閉じられることがない」。売りが買いの理由にならない
以上,W―G―Wの中断,∴「実在の貨幣」の蓄積(準備手段)は必然的。
・準備手段=「私的権力(貨幣のパワー)の源泉」(前2機能が集合財であるから,貨幣の両義性
見いだされる)……理由:流通におけるイニシアチブ→このイニシアチブが「商品交換の規則性を
攪乱することによって,市場の安定を脅かす」。∴通貨供給について調整(regulation)が必要
(退蔵抑える必要あるが,通貨供給をタイトにしすぎると「通貨飢饉」招く)。
・別のルートにおける準備手段の重要性……基本的債務関係(生産者と商人)において,生産者
(債務者)は一時的に規範N0を遠ざけることができるが,市場の不確実性の下で商人(債権者)は
流動性リスクに直面する→帰結:債権者は小額しか貸さなくなる(予備現金を増やす);信用拡
張への事前的障害の出現。「債権者/債務者関係総体の調整において,すなわち制約N0の強さが
調節される仕方において,準備通貨は重要な役割を演じる」。
5.中央銀行(p115-119)
・「抽象的計算単位」のシステムにおいて,流動性の制約を緩めるように貨幣発行できる主体は,
中央銀行……決定的な問題は「発行ルール」:「ここにあるのは,単なる技術的な問題ではない。
どんな債務およびどんな権利が発行機関によって貨幣化されうるのか,またそれがどんな目標に対
応してなされるのか,についての決定は,……市場共同体の諸価値を表している」。ex.賃労働者
の全面化,株主層の発展→通貨のルールに影響。
・社会的総体性と通貨のルール……仮説:「貨幣は社会的総体性の表現」→その具体的形態:通貨の
ルール。通貨のルールは全社会的なプロジェクトを表現。このプロジェクトに対する同意が倫理信
認。倫理信認が中央銀行の行動を基礎づけている:「貨幣は,価値を共有するシステムとして交換
者共同体を代表する能力から,その調整能力を引き出す」:
・現代社会では……異質な債務V(i,j)の2形態(経済的債務,社会的債務)に示されるよう
に,資本主義は2つのロジック(私的債務を妥当化validerすることによって社会が承認する私的
富,社会的債務の基礎をなす社会的凝集性)に分割されている;「通貨制度は2つの異質なロジッ
クを結合する位置にある;というのも,社会的債務と経済的債務は,1つの通貨空間の内部で同じ
計算単位によって,互いに表現し合っているからである。この点で,貨幣は社会の統一を生み出す
のに寄与している。発行ルールの主要な側面とは,この2タイプの債務における差異ある貨幣アク
セスが組織化される仕方である」
・貨幣的調整のまとめ……@狙い:「過度に排他的な準備通貨の追求が生み出す緊張に対して,経
済を感応的でなくさせること」,A通貨が享受する正統性が調整の自由度を決定する。
X.通貨システムを解明するための諸概念(第X章より)
1.流動性選好(p169-177)
・準備通貨は経済全体の進行に影響を与える←「生産水準の決定において≪流動性選好」が果たす
役割」から明らか。
・流動性選好の考察から分かること:@「貨幣は,経済活動を行う者に対して≪適当な距離」を
とらないといけない,すなわち遠すぎても近すぎてもいけない」(貨幣の両義性の新たな表現),
A流動性選好(PPL)が同水準のとき経済への影響を左右するのは,通貨的組織化がとる諸形態:
流動性選好が生産水準に与える効果のパラメータをkと
するとき,kは流動性選好(PPL)および通貨組織化の諸形態(w)によって決まる:
k=k(PPL,w)
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2.通貨システムの抽象的構造(p177-192)
・流動性の両義性と通貨システム
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貨幣の…が支配 |
信用条件の… |
分裂的(fractionne)システム |
「少なすぎ」 |
分裂化 |
同質的(homogene)システム |
「多すぎ」 | 集権化 |
・分裂的システムの特徴:
・貨幣アクセスの条件における差異(格差)大。
・債権者は,@債務者の経営に対して支配力を行使する点,優位,しかしA流動性リスクに直面。
・PPLの高まったとき……その影響は最大;∵V(i,j)が非流動的,債務者におけるリスク・テ
ークの危険が高まる。
・私的経済から離れすぎ……@欠点:通貨飢饉の恐れ,A私的敵対関係(rivalite)に巻き込まれ
ずにすむので,貨幣の正統性は守られる。
・債務者サイドから発行(発券)独占を問い直す動きが生ずる……多様な手段があるが,いずれも
制約N0を回避しようとする動き。結果:「F2の回帰」or「通貨間競争」すなわち新しい支払手段が
局所的にであれ広く流通するようになる。
・同質的システムの特徴:
・「私的金融が専らそして直接的に中央銀行によって確保される」通貨組織……中央銀行(X)の
評価が直接に社会的妥当性をもち,債権U(i)が貨幣に転換されている。
・選別―排除の特殊条件(暴力プロセス)は後景化。しかし,発行貨幣がすべて流通現金に転換さ
れることはなく,2つの債務回路には残高(退蔵)が発生→金融需要と残高需要の両者に応えると
いう困難な調整問題。
・この上なく流動的な預金形態を提供するため,kは非常に小さくなる。
・「中立性」の外観にもかかわらず,新たな暴力が発生する可能性あり……コンフリクトは「退蔵
主体と赤字主体の分極化」へ転換,その対象は「貨幣そのものおよび発行ルール,つまり貨幣の正統
性」→ハイパーインフレの分析によって示されるもの。
3.私的流動性:金融と銀行(p192-208)
・債権の二元性と調整問題
*貨幣の両義性(公共財/私的専有権力)に対応して,債権には二元性(固定化/流動的)あり。
*2つの抽象的システムにおける流動性の問題:
・分裂的システム……流動性の絶対的不在;債権者の管理権大。金融的流動性の問題(「債権V
(i,j)の社会的に承認された評価を出現させることによって,債権者間でそれを容易に流通させる
ようにする」)を提起。
・同質的システム……絶対的な流動性;債権者は債務者の状態に関与せず。債権の流動性と債務
者の状態との間の大きすぎる隔たりという問題に対処するために,銀行流動性の組織化(「発行機
関が定めたルールに従い中央貨幣に転換可能な私的貨幣を発行する権限を与えられた私的機関へと,
貸付の意思決定を分権化する」)に取り組まなければならなくなる。
・金融流動性
*組織された金融市場という制度的創発を伴う……資産を譲渡可能にするための基準評価が形成さ
れねばならない(集団的評価の形成)。
*証券流動性の支配する市場において,投資家は「自己言及的合理性」に従って行動する。ここに
は,流動性を求める競争の最も抽象的な形態であるF1に見いだされた諸属性が見いだされる:「主
体の差異消滅,均衡の複数性,信念の自己実現,模倣の一点集中」。このプロセスの中で,模倣は
満場一致で一定の信念へと一点集中する;これが「金融的コンベンション」であり,その効果を媒
介にすることによって,投資家は流動性を追求することができる。
*中央銀行の役割……大規模な予見されざるショックによって,「支配的なコンベンションの正
統性」が問い直されたとき,中央銀行が危機を抑制するための行動をとる。ie.流動性選好が最終
資産である貨幣に集中して,証券価格が急落していくとき,中央銀行は買い手として介入する→
「底値がある」というメッセージを伝えることにより,待機している買いを誘発する。
*金融を支配する階層システム……「中央銀行が演じるこうした最後の貸手の役割は,金融流動性
と貨幣とが同一平面にないこと,後者が前者を支配していることを明白に示している」。この金融
組織を「金融支配の(a dominant financiere)階層システム」と呼ぶ。
・銀行流動性
*支払手段の集権化[準備の集中]によって債権者への流動性サービスが可能になる→「固定
/流動」のジレンマが回避される。
*預金取付の問題……債権者の選択は銀行の存在によって(内生的に)変化するとはいえ,債権
者は他者の意見への関心をもちながら行動する。模倣プロセスを考慮したとき,債権者の合理的な
行動の結果は複数の均衡(@最適均衡,Aパニック均衡(銀行取付))をもつ。
*中央銀行の役割……中央銀行はAを阻止すべく,多様な方法(預金保険,LLR)で行動する。銀
行の行動に対する信頼は,パニックの原因を事前に除去する。
*銀行を支配する階層システム……「銀行流動性は通貨原理に従属している」。これを「銀行支
配の(a dominant bancaire)階層システム」と呼ぶ。
・まとめ
@私的流動性の2形態の効果……固定/流動のジレンマ(金融収益の最終的源泉である投資の固
定化/債権者の要求である投下資本の流動性)を乗り越える。
A通貨システムの効率性とは?……「市場諸主体の流動性選好によりよく対処する,かと言って
経済発展を絶えず危うくするようなことは避ける」
B通貨上の革新(組織的市場,中央銀行制度)は,債権者の相互作用の構造を変化させた→模倣の
諸属性が妥当。
C中央銀行の役割……流動性の諸形態の導入は新しい均衡(ファンダメンタルから切り離された
投機,銀行パニック)=コストもたらす。各流動性を性格づける特殊な媒介(mediation)(金融コ
ンベンション,銀行規範)は,安定化は達成できない。そこで「ゲーム外の行為者にして貨幣的正
統性の保持者」である中央銀行が調整的役割を果たす。
・現実のシステム=「複合的階層システム」
→銀行・集権化のロジックが支配的な「銀行ロジックに従う複合的階層システム」と,金融・
分裂化のロジックが支配的な「金融ロジックに従う複合的階層システム」とに区別される
(→第Z章)。
Y.貨幣信認の諸源泉(第Y章より)
1.シンボル的源泉(p209-211)
*シンボルの作用……共同信念の一点集中を強める。「シンボルの論理とは,模倣の収斂プロセス
に支えを与える一点集中の論理である」。
*「社会総体の代表としての貨幣をもたらす選別と排除という理論的ロジック」は:
・「国家の主権性を祝福する式典や,宗教的・世俗的な儀式によって上演される」。
・「主権のイメージである紋章や肖像によって繰り返し記憶に喚起される」。
*平穏な時期には,安全性についての信念が「首尾一貫性信認」をもたらす。この信念の作用は,
帰属の様式。
2.倫理的源泉(p211-214)
・金融政策の行使条件を定義するには,シンボル的源泉だけでは不十分。
・通貨主権への異議申し立て
(私的通貨の創出,金融グローバリゼーション):その背景:
・商品関係が,集団的なものから私的なものを分離させてきた→貨幣的調整の特定のレジームは
私的諸利益を侵害するものとみなされる。
・あらゆる社会関係への商品の浸透が,個人主義を後押ししてきた→「個人的満足が主権のシンボル
よりも支配的な価値となり,自律性への欲望が共同的帰属への信仰を掘り崩すようになった」。
・金融政策(ないしヒエラルキー信認)が直面している問題
……「主権がなくて困っている中,金融政策は自らの正統性を証さなければならない」→正統性の
源泉は義務(devoir-etre)のうちに求められねばならない。
・「原理(principes)」の必要性
……「個人の満足最大化に集合行為を従わせる」という要請は,原理――「金融政策のパフォー
マンスを評価するのに適切なタームにおいて,貨幣の調整に関して判断することを可能にしてく
れる」諸原理――として表現されねばならない。ただし,この原理は厳密に定義されるものでは
ない(貨幣の両義性のゆえに)。
・3つの原理:
@保障(garantie)の原理(名目アンカー)
*この原理の本質……「時間の中での計算単位の統合性」,「時間を通じての計算単位の永続性
は,経済フローの連続性にとって必須である」。
*計算単位のパフォーマンスが不確実性であることの悪質な作用……@私的敵対関係が激化する
(債権者が私的保障要求[金利負担への織り込み]→債務者の抵抗),A経済見通しの短縮化。名
目アンカーは,@に対しては公的保障の提供,Aに対しては貨幣価値を予測する際の安定した参照
基準(購買力コンベンション)をもたらす。
*取引財における革新は購買力コンベンションを免れるようになる→そこで中央銀行は:
(1)保障原理について解釈を与えるとともに,
(2)公表されたインフレ目標を近い将来にわたって堅持しなければならない。
A成長の原理(完全雇用)
*この原理の公準……「金融政策は,社会が富を創出するために,全資源を動員することを可
能にしなければならない」or「繁栄の約束」。
*この原理は「完全雇用」の要求として表明される。
*個人主義の力と対応して,この原理の採否は国によって分かれる:
・第二次大戦後のヨーロッパ……この原理は公的移転(連帯)によって担われる。金融政
策は@のみ担う。
・米国……完全雇用を金融政策の目標に据える。
B公正(justice)の原理
*金融政策の正統性基準として定義はまだ不十分。
*背景……資本主義において,信用アクセスは非常に不平等。規制の変化は,信用アクセスの
拡大を促す方向で進められてきた(金融グローバリゼーション)。金融政策がこの動きに影響さ
れるようになっている。例えば,信用のダイナミクスと結びつきをもって資産価格が上昇するよ
うになり,健全性規制・監督が進められる;これは,私的リスク管理に,したがって「首尾一貫
性信認」に影響を与える動き。
3.分析から得られた金融政策についての一般的な知見(p214-216)
@正統性の再構築へ向かう動き
・ここ30年の転換を画した諸プロセス(「社会生活への商品関係のよりいっそうの浸透,個人主義
の興隆,金融グローバリゼーション」)の帰結……主権性の衰退(→既に70年に金融政策を弱体化
させていた),正統性への根本的な疑念(←打ち続く危機)。
・現在の動き……正統性は倫理的諸規範に基づいて再構築されつつある。「主権のシンボル的な源
泉の弱体化,倫理的基準に応えようという要求は,大きな制度的変化を引き起こしてきている」;
ie.独立した中央銀行への,金融政策責任の委譲。
A3原理の間の裁定
・問題の本質……社会成員の信認を通じて社会的凝集性を図ろうとする「極度に政治的な問題」。
金融政策のスタイルも全くまちまちだろう(裁量によるか,緊張状態に対して静観する柔軟な態度
か,私的行動に対して予想が立てられるか事後的な反応か)。
・民主的討議の不可避性……「独立性」はオペレーショナルなレベルの問題。倫理的基準に照らし
た評価は,社会が行わねばならない。この点で,欧州通貨は危険性を抱えている:「この媒介の不
在」(主権的な立法審級を明示的に代表していないこと)は「危険である。なぜなら,それは中央
銀行の責任を途方もなく大きなものにしてしまい,中央銀行を,組織された討議によりもむしろ世
論の拡散的な批判に従属させてしまうからである」。
Z.本書の特徴と活用
・特徴:
・貨幣についての模倣仮説と,信認論の関係がよくわかる。
・単なる貨幣生成論ではなく(価値形態論の詳細な展開はなし),市場社会の貨幣的分析がなされ
ている;抽象化プロセス,商品経済と個人主義的諸価値の並行的発展,市場社会独特の保護の要求
とその満足の仕方。
・流動性の概念,模倣プロセスの諸属性の考察がもつ広範な射程が提示されている。
・(分裂的・同質的)という通貨システムの理念型的考察に,私的流動性(金融流動性,銀行
流動性)の考察を接続させて,現実の通貨システムにアプローチしようとする試み。
・貨幣信認の形態論だけでなく,その源泉論を提示した。
・活用の展望:
・今回の報告は,概念的な流れについてだけ。様々な事例についての考察は,これから消化して
いきたい。
・現代の貨幣における信認の重要性は,うまく説明されているので,これを根本的な視座として
考えてみたい。
・私的流動性の諸概念に基づく自由化された金融の分析は,今日の通貨システムの問題(21世紀
型危機に対処する新アーキテクチュア)を理解する上で有益。
・信認の諸源泉(特に倫理的諸源泉)の考察は,ユーロとドル(および両者の関係)の現状と行
方を考える上で重要な論点を提供している。
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