わが国における環境・経済統合勘定の開発とその課題(3)

3.国連『暫定ハンドブック』の構成

 1992年6月にリオデジャネイロで開かれた「環境と開発に関する国連会議」いわゆる「地球サミット」は、会議の成果として「環境と開発に関するリオデジャネイロ宣言(リオ宣言)」を発表するとともに、具体的な行動原則と資金的協力を定めたアジェンダ21を採択した。

 アジェンダ21(8.41段−8.54段)には、「環境・経済統合勘定体系の構築」というプログラム領域Dがあり、国連事務局統計部の実施すべき事項を規定している。その中には、『環境・経済統合勘定に関するSNAハンドブック』に記載されている手法が、すべての加盟国で利用可能となるように措置すること、他の国連諸機関と協力し、SNAハンドブックで提案されている暫定的な概念や手法をさらに精査し、テストし、改良し、標準化することが含まれていた。39)同時にアジェンダ21では、国別計画の策定が求められていたが、わが国では、「環境・経済統合勘定を付加した新たな国民経済計算体系の整備を含め、環境要素が適切に評価された指標体系の開発、整備を推進する」ことをそれに含め、そのための取り組みとして、「1992年度から3年計画で環境・経済統合勘定の構造や環境の貨幣的評価方法等に関する検討を進め、わが国の環境・経済統合勘定の設計と試算を行なう」とともに、「上記試算値の完成度に応じ、次の段階の推計に移行する」ことが定められた。「環境基本計画」でも、調査研究の推進課題のひとつとして「統合された環境・経済勘定システムの確立等の環境と経済との相互関係に関する課題」が掲げられている。

 1995年に発表された試算値(経済企画庁(1995))は、本稿の付録として掲載している。次節でその方法論の検討を行なう予定である。本節では、企画庁試算が準拠した『環境・経済統合勘定に関するSNAハンドブック 暫定版』(国連『暫定ハンドブック』)の構成を概観する。まず、『暫定ハンドブック』は、次の各章からなる。

第1章 概論

第2章 SNAの環境関連細分化

第3章 物量勘定と貨幣勘定のリンケージ

第4章 帰属環境費用

第5章 SEEAの拡張

第6章 SEEAの実施

 『暫定ハンドブック』は、SEEA(A SNA Satellite System for Integrated Environmental and Economic Accounting)と呼ばれる環境・経済統合勘定のひとつの体系を提示した。この体系は、まず、SNAの<サテライト勘定>として構想されたものであり、また、それは、環境勘定と経済勘定とを統合するものとしての性格をもつ体系でもある。

 「サテライト勘定」は、中枢体系(central framework)との結びつきを保ちながら、「特定の社会的関心分野について、中心体系に過大な負担を負わせたり、それを混乱させたりせずに、国民経済計算の分析能力を弾力的に拡張すること」(1993年SNA、21.4段)をねらいとし、そのために国民勘定の枠組みに追加的次元――概念や分類――を導入するものである。筆者は、作間(1994)でSNAが相反する<2つの要請>に答えようとするものであること、すなわち、国際比較可能性を維持するための「一枚岩」的性格とさまざまな分析目的・政策目的に答えるための柔軟性とが要求されていることを論じた。その中で筆者は、サテライトを「中枢を防衛する戦略」として位置づけた。「国民経済計算データの継続性を重視するのであれば、……政策的・分析的関心は時間とともに変化するものであり、そうした関心に向けてデータが作成される場合、時系列的に一貫したデータの蓄積はのぞむべくもない」からである(8ページ)。

 このようなサテライト・アプローチは、1993年SNAの採択(第27回国連統計委員会会合)に先立つ1991年の第26回国連統計委員会会合で支持を与えられ、さらに環境・経済統合勘定の概念と方法がサテライト勘定として開発されるべきことが同じ第26回会合で要請された。冒頭に述べたアジェンダ21のプログラム領域Dの措定は、この分野でのこうした国際的進展を受けたものである。

 次に、SEEAは、環境勘定――すなわち勘定というかたちをとった環境関連データの体系――と伝統的な経済勘定とを統合する体系である。この2つの方向の努力を結合する必要性に関しては、『暫定ハンドブック』の随所で述べられている。とくにSEEAの実施を取り上げた第6章の383段で「環境勘定に先立つ詳細な環境の分析は、国民経済計算の分野とはかけ離れた専門家と組織によって行なわれることが多い。この統合には、組織を超えて学際的な協力を実現できるような新しい組織体が必要である。この種の組織のもとでのみ、ワン・タイムの研究努力に終わることのない、作業の継続性が保証されることになる」と書いていることが注目される。

 SEEAのもうひとつの特徴は、それがコア・モデュール型のアプローチ40)をとっていることである。そのため、それは、<コア>として1993年SNAの中枢体系をもち、さらに方法、対象範囲、評価に関する<モデュール>の選択によりさまざまなヴァージョンをもつ体系として提示されている。(第1図 略、 United Nations(1993)Integrated Environmental and Economic Accounting Interim Version.(Sales No.E.93.XVII.12 document symbol ST/ESA/STAT/SER.F/61、邦訳、『国民経済計算ハンドブック 環境・経済統合勘定』経済企画庁経済研究所国民所得部、1995年3月。)の図3である。)41)

 このような方法的包括性と関連して、物量勘定(physical accounts)、貨幣勘定(monetary accounts)の双方がSEEAに含まれているということもその特徴にあげられるであろう。データの依存関係から考えると、物量データ・物量勘定の作成が優先されるべきであるし(『暫定ハンドブック』390段および図6)、古井戸(199512ページ)も正当に「『勘定』の持つ力は、統計の整合性をつねに確認しながらデータを蓄積していく枠組みを与えてくれることである」と述べているように、勘定=貨幣勘定であるわけではない。しかし、『暫定ハンドブック』391段では、物量勘定の限界を次のように述べている。「環境と経済との相互関係の詳細を物理的タームでのみ提示することには、限られた価値しかない。SEEAが環境と経済に関する計画と政策の統合を支援しようとするものであるならば、全体的な政策形成や監視により適した集計的「指数」を構築できるように、経済活動と環境影響の相対的重要性を明らかにすることが必要である。帰属環境費用の算定はこのような集計を可能とする」。25段では、「物的データは、環境と経済とのつながりを説明するために必要であるが、これだけでは十分なものではない。物的な数値をあつかうことは、膨大なデータの山を築くことに終始し、その(経済的、非経済的)意義に関する一般的結論に至らない、という危険を伴う」とさえ述べている。

 貨幣評価の必要性を分配の観点から見ることに関しては、前節でふれたが、前の段落の2つの引用は、対立する論点を明確にしているように思われる。「データを蓄積していく枠組み」として勘定の形式を利用しようとする立場からは、環境費用の貨幣評価は必要ないし、場合によっては有害なことでさえありうる。後者の視点、すなわち、政策形成のための情報ベースを提供するための貨幣評価の必要性という『暫定ハンドブック』の視点については、その序文で、環境・経済統合勘定が、当面は無理でもゆくゆくは、「社会、経済、環境に関する統合された政策を支援することをめざしており、そのための統合情報システム」であるべきことを明確にしていることにも注意すべきであろう。そのことがまさにアジェンダ21の要請であったと考えることができるであろう。このような政策志向の強さは、『暫定ハンドブック』のもうひとつの特徴とみなすことができよう。42)

 以下では、SEEAの各々のヴァージョンについて概説する。ひとつひとつのヴァージョンについて詳説する余裕はないから、企画庁試算が選択したヴァージョンW−2を中心とした説明になるであろう。

 まず、ヴァージョンTでは、SNAのリフォーマッティングが行なわれる。すなわち、SNA中枢体系の供給・使用表と非金融資産勘定を次のようなかたちで取り出し、環境・経済統合勘定でそれを利用する出発点とする。行列(正方ではない)の列(表頭)には、生産・消費のアクティヴィティーと非金融資産と輸出を置く。もちろん、この段階ではSNA中枢体系の生産境界・資産境界が維持されているから、生産物(財・サービス)にカウントされるのは、体系としての生産の境界に含まれるアクティヴィティーの産出であり、アンシラリー・アクティヴィティー(ancillary activity、「自家活動」)は、産出を計上しないだけでなく、投入側でも取り出さない。生産アクティヴィティー(と固定資産)は、国際標準産業分類(ISIC、United Nations1990))にしたがって分類される。消費のアクティヴィティーは、最終消費支出の概念でなく、1993年SNAの現実最終消費概念であり、細分する場合は、個別消費・集合消費に分類されるべきものである。資産は、SNAの経済資産の範囲(1993年SNA 10.2段など)のものである。43)

 行(表側)は、生産物(CPC分類される)の使用、その他の資産量変動および再評価を示す。土地の改良は、SNA上固定資本形成であるが、SEEA行列上は、生産物の使用の行と非生産資産の交点に記録される。鉱物探査についても同様である。

第2図 SNAのリフォーマッティング
アクティヴィティー(生産・消費)非金融資産(生産・非生産)輸出
期首ストック1
生産物の使用中間・最終消費(国内産出の)粗資本形成(国内産出の)輸出2
中間・最終消費(輸入品の)粗資本形成(輸入品の)輸出3
生産固定資産の使用−生産固定資産の使用4
純付加価値/NDP5
産業の産出額6
その他の資産量変動その他の量の変化(経済的)7
その他の量の変化(自然的・複合的)8
再評価再評価9
期末ストック10

 次に、ヴァージョンUでは、生産境界・資産境界を含む1993年SNAの中枢概念を維持しながら、キー・セクターあるいはより正確にはキー・アクティヴィティーを取り出すという手法(1993年SNA第19章)および非金融資産の分類、その他の資産量変動の分類を環境勘定目的用に詳細化することによって、<SNAの環境関連細分>と呼ばれる枠組みが設定される。<キー・セクター>としての環境保護アクティヴィティーについては、暫定分類が提案されている(CEPA)。44)また、SEEAの非金融資産分類は、CNFA、その他の資産量変動の分類は、COVCである。生産物の使用については、「中心生産物分類」(CPC、United Nations1991))が環境関連サービスに関する細分を施された上で使用される(『暫定ハンドブック』123段)。CEPAは、第1表として、CNFAは、第2表として掲げた(分類の細部は一部省略している)。COVCは、第3表である。『暫定ハンドブック』のSEEA行列では、こうした分類体系が簡略化されて行分類(CR)および列分類(CC)の中で利用される。

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  第1表 SEEAの環境保護活動の分類試案(CEPA)

  大気と気候の保護

   1.1  工程内変更(in-process modification)による大気汚染の防止

   1.2  排気ガスの処理と換気の処理

   1.3  測定、制御、実験等

   1.4  その他の目的

   2   水(地下水を除く)の保護

   2.1  工程内変更による水汚染の防止

   2.2  産業用事前処理プラント

   2.3  下水

   2.4  機械的な処理技術による浄化

   2.5  生物的な処理技術による浄化

   2.6  高度な処理技術による浄化

   2.7  冷却水の処理

2.8  測定、制御、実験等

   2.9  汚染された表流水の復元

   3   廃棄物(wastes)の防止、収集、輸送、処理、処分

   3.1  工程内変更による廃棄物の防止

   3.2  廃棄物の収集と輸送

   3.3  有害廃棄物の処理と処分

   3.4  有害廃棄物以外の廃棄物の処理と処分

   3.5  測定、制御、実験等

   3.6  その他の目的

   4   廃棄物とその他のレジデュアルのリサイクリング

   5   土壌と地下水の保護

   5.1  土壌の汚染除去と地下水の清浄化

   5.2  測定、制御、実験等

   5.3  その他の目的

   6   騒音の軽減

   6.1  道路と鉄道の騒音

   6.2  飛行機の騒音

   6.3  測定、制御、実験等

   6.4  その他の騒音の軽減

   7   自然と景観の保護

7.1  種の保護

   7.2  棲息地の保護

   7.3  浸食防止

   7.4  海岸の保護、砂丘の安定化

   7.5  雪崩に対する保護

   7.6  火災からの保護

   7.7  測定、制御、実験等

   8   その他の環境保護手段

   8.1  教育、研修、情報

   8.2  環境保護行政

   9   研究・開発

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第2表  SEEAの非金融資産分類(CNFA)

1       生産資産

1.1    人工資産

   1.1.1     固定資産

   1.1.1.1    有形固定資産  (注:歴史的記念物を含む)

   1.1.1.2    無形固定資産

   1.1.2     在庫(自然成長生産物を除く)

   1.1.3     貴重品

   [覚書項目]   耐久消費財

   1.2      育成自然成長資産

   1.2.1     育成固定自然成長資産

   1.2.2     自然成長生産物の仕掛品

   2       非生産資産

   2.1      非生産自然資産

2.1.1   野生生物相

   2.1.2   地下資源(確認埋蔵量)

   2.1.3   土地(生態系と土壌を伴う)

   2.1.3.1  土壌

   2.1.3.2  開発(経済的に利用されている)地域(生態系を含む)

2.1.3.2.1 建物および建造物の敷地

   2.1.3.2.2 農地

2.1.3.2.3 森林(木材生産のための<林地>)その他の樹木に覆われた土地

2.1.3.2.4 レクリエーション地およびその他の経済目的で利用されている開けた土地

2.1.3.2.5 人工の水路や貯水域の地域

2.1.3.3  未開発地(生態系を含む)

2.1.3.3.1 開けた湿地

   2.1.3.3.2 植生被覆をもつ開けた乾地

2.1.3.3.3 とるに足らない程度の植生被覆をもつか、まったくもたない開けた土地

2.1.3.3.4 水域(人工の水路や貯水域の地域を除く)

2.1.4   水

2.1.4.1  地下水

   2.1.4.1.1 帯水層

   2.1.4.1.2 その他の地下水

   2.1.4.2  湖水、河川水など

   2.1.4.2.1 貯水池・人工の水路・貯水域の水

   2.1.4.2.2 その他

   2.1.4.3  沿岸域の水

   2.1.4.4  海洋の水

   2.1.5   大気

   2.2    無形非生産資産(賃貸借権、暖簾など)

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第3表 SEEAの非金融資産のその他の量の変化の分類

(COVC)

1    経済的意思決定に起因する非生産自然資産の

        その他の量の変化

   1.1   経済的使用による非生産自然資産の

         その他の量の変化

   1.1.1  経済活動による非生産資産の減耗(−)

   1.1.2  経済的用途の変更による土地の質の変化

          (例えば、再構築によるもの)(+,−)

   1.1.3  経済的使用(レジデュアルの排出を除く)による土地(土          壌、景観、生態系)の劣化(+,−)

   1.1.3.1  土壌の物質組成の劣化

   1.1.3.2  土壌浸食

   1.1.4  レジデュアルの排出による非生産資産の劣化

   1.1.5  非生産自然資産の質の復元(+,−)

   1.2   その他の経済的意思決定による非生産自然資産の

         その他の量の変化

   1.2.1  非生産自然資産の発見と調整

   1.2.1.1  新資源の発見(+)

   1.2.1.2  量の調整

   1.2.1.2.1  技術進歩によるもの(+,−)

1.2.1.2.2 価格と費用の変化によるもの(+,−)

1.2.1.2.3 新しい算定方法によるもの(+,−)

1.2.2  経済活動(例えば、経済的用途の変更)による非生産自然          資産の分類と構造の変化(シフト、−,+)

   2 他の項目に分類されていない自然的および複合的原因による

非金融資産のその他の量の変化

2.1   非生産自然資産の純自然成長(増加)

2.1.1  粗自然増加(+)

   2.1.2  反復的な自然の減耗(−)

   2.2   災害等による壊滅的損失(−)

2.2.1  自然的原因による壊滅的損失

   2.2.2  経済的(技術的)原因による壊滅的損失

   2.2.3  政治的事件(例えば、戦争)による壊滅的損失

   2.3   非金融資産のその他の量の変化、

他に分類されないもの(+,−)

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 環境保護活動は、事業所の主要活動として行なわれることも、副次的活動として行なわれることも、付随的な活動すなわちアンシラリー・アクティヴィティーとして行なわれることもある(『暫定ハンドブック』118段)。前二者については、その産出は他の事業所に引き渡されるが、アンシラリー・アクティヴィティーの場合、そのような産出はなく、投入(中間消費、固定資本減耗、被用者報酬)も主活動・副次的活動を支援するものと考えられているから、『暫定ハンドブック』120段で注意されているとおり、SNA中枢体系では、アンシラリー・アクティヴィティーの事業所からの分離は行なわれない。主活動・副次的活動として行なわれる環境保護活動を外部的環境保護活動、アンシラリー・アクティヴィティーとして行なわれるそれを内部的環境保護活動と呼ぶ。ただし、ヴァージョンUではアンシラリー・アクティヴィティーの投入は切り離すが、環境保護サービスの産出は計上しない。内部的環境保護サービスを計上するのは、ヴァージョンX(−6)である。45)

 アンシラリー・アクティヴィティーの分離が行なわれているのだから、文字どおりの中枢からここで離れると見るのが適切であるかもしれないが、『暫定ハンドブック』120段の記述は、1993年SNA中枢体系のひとつの要素としての「機能分析」(第18章)の「生産者の特定支出の目的分類(COPP)」の利用によって、アンシラリー・アクティヴィティーの投入側の分離は、1993年SNAの中枢体系内で可能であることを示唆しているようにも思われる。むしろ、アンシラリー・アクティヴィティーの中枢規定自体に問題があり、「統合経済勘定」のための規定としては妥当性があるとしても、「供給・使用表」でも同一の規定を使うことはやや保守的に過ぎるというべきであろう。なお、アンシラリー・アクティヴィティーの分離が行なわれるのは、環境保護アクティヴィティーだけであり、その他の産業では、中枢規定が厳密に維持されていることに注意する。

 ヴァージョンUで内部的環境保護サービスの投入側だけを分離しているため、この段階のSEEA行列の行と列との間に明らかにアンバランスが生じている。産出側の分離を、(ヴァージョンUでなくても)ヴァージョンXより早い段階で行なうべきであると考えることは強い説得力をもつ。実際、1993年SNAの第1種のサテライト勘定の構想(1993年SNA、21.45段)は、中枢概念から大きく離れることはないが、中枢分類の組み替えや中枢外の補完的要素の導入を行なうことによって、中枢の負担を過重にすることなしにサテライト分析を実行するための枠組みであり、それは第2種の(代替概念を用いる、ヴァージョンWのような)サテライト勘定より先行すべきものであろうと考えられるからである。ヴァージョンUのSEEAを環境保護に関する第1種の(機能指向の)サテライト勘定として明確に、アンシラリー・アクティヴィティーのより十分な記述を含めて、位置づけるという方向がありえたはずである。『暫定ハンドブック』には、分類の詳細さはともかくとして、ヴァージョンUを中枢体系の弾力的適用といえる範囲にとどめておこうという意思が強く働いているように思われる。

 CEPA、CNFA、COVCといったSEEAの分類体系は、中枢分類と矛盾するものではないが、それを組み替え、環境勘定目的に沿ったかなりの詳細化が環境関連の範囲で行なわれたものである。『暫定ハンドブック』中の118127段、付録D、Eなどによって、中枢分類との対応関係を知ることができる。例えば、環境保護アクティヴィティーのCEPA分類は、中枢活動分類であるISICのディヴィジョン90<下水およびゴミ処理、衛生および衛生類似活動>(ISICそのものにはこの分類の下のグループおよびクラスはない)の細分を与え、衛生および衛生類似活動以外の部分および37<リサイクリング>の全体と、73<研究開発>の一部と75<行政・防衛、義務的社会保障>の一部を抜き出したものである。なお、北畠・有吉(1996)は、SNA分類とSEEA分類との対応関係の詳細な検討を行なっている。

 SEEAの分類体系の中でも環境費用の算定に密接に関係するCOVCについて、若干のコメントを追加しておく。地下資源の新発見(1.2.1.1)は、その他の資産量の変化であるが、鉱物探査費用は、1993年SNAの資本形成概念に含まれているから、探査費用の分を控除することになる(『暫定ハンドブック』159段)。土地の利用用途を変更した場合、非生産資産カテゴリーの中の別項目に(旧価格で)移しかえられることになる。これも資産の量の変化であるが、ありうる評価額の変化は、再評価ではなく、経済的用途の変更にもとづく非生産資産の質の変化(1.1.2)である(同段、1993年SNA12.20段も見よ)。さらに、用途の変更を原因として劣化が発生した場合は、あらためて1.1.3に記録することになるであろう。政府の経常費用としての環境復元活動の結果は、非生産自然資産の質の復元(1.1.5)として記録される。ヴァージョンWに関して後述するマイナスのリパーカッションである。災害等による壊滅的損失(catastrophic losses)の中には、大規模な原油流出、原子力発電所の大事故(2.2.2)のような例もあげられているが、経済的意思決定にもとづかないものと考えた瞬間に環境費用から排除してしまうことになるので問題であり得る。『アジェンダ21』第1章で「環境的に健全な(持続可能な発展)」という表現に注をつけてそれがエネルギーの供給に関する<安全性>を含むものであることを明記していることを考慮するべきである。戦争行為の環境への影響を免責することも問題かもしれない。

 産業は、環境保護活動を実行するばかりでなく、自他の経済主体の行動が環境に及ぼした影響からの「はねかえり」費用または「リパーカッション」費用を負担する。家計にも同様の支出がある。例えば、転居によって被害を<回避>したり、騒音軽減のために二重窓をとりつけて影響を<遮断>したりする費用、あるいは、被害が生じてしまった場合に、<損害に対処>するための費用、例えば、追加的医療費などである。大気汚染などによる固定資産(たとえば、航空機)の減耗の増大46)、酸性雨の損害を受けた歴史的記念物を修繕する費用も同じタイプの環境費用である。ただし、内部的環境保護費用と産業のはねかえり費用を識別することはデータ上困難かもしれない。このように、ヴァージョンUで焦点があてられるのは、産業の生産活動と(個別的・集合的)最終消費に含まれる「現実環境費用」、すなわち、上で述べた、外部的環境保護費用(防止・復元)と内部的環境保護費用(防止・復元)さらに現実のはねかえり費用である。47)後出のヴァージョンWでは、さまざまなかたちで「帰属環境費用」が取り上げられるであろう。

 ヴァージョンUについて、最後に2点ばかり付け加える。まず、現実環境保護費用の大きさの意味付けはむずかしいということである。従来型の生産設備の末端に処理装置をつければ環境費用であるが、技術そのものを本格的に変更してしまえば、むしろ、環境費用に計上されなくなる可能性が高い。もうひとつは、研究開発である。委託研究など、環境関連の外部的研究開発は、現実環境費用に含まれる。しかし、自社内で行なわれる「内部的」研究開発を現実環境費用に含ませるためには、それをアンシラリーでないアクティヴィティーとして識別しておかなければならないことに注意する。このこと自体はSNA中枢規定と整合的である(1993年SNA、6.164段など)が、企画庁試算では環境関連の内部的研究開発を計上していない。

 SEEAのヴァージョンVでは、物量勘定が導入され、ヴァージョンUまでの、SNAタイプの貨幣的勘定(金額表示の勘定)とリンクされる。48)それは、自然と経済との交流を記述するという構想(自然由来の原材料と、とくにレジデュアルの取り扱い)を「物料・エネルギーバランス」から受け継ぎ、自然資産のストック変化の会計という側面では、「自然資源勘定」の系譜の上にある。また、「生態系」の位置づけにおいても「自然資源勘定」の影響下にあるといってよいであろう。詳述する余裕がないので、次のヴァージョンWに関わる範囲で、ポイントだけ述べておこう。

 まず、SEEAヴァージョンVとWの共通の枠組みをリフォーマットされたSNAの枠組みに非生産自然資産の使用をつけ加えたものとして導入する。2−2節の議論を再び用いれば、編み掛けした部分が、包括化する前のn+1次元までのアクティヴィティーである。ただし、固定資本減耗(固定資産の使用)をベクトルの次元に付け加え、投入を+で、レジデュアルの排出を−であらわすというように方針を変更している。地代を払うような、スペースとしての土地の使用自体は、投入にカウントしないのがSNAの規定である(きわめて正当な規定である)ことをあらためて確認しておく。土地の質の変化をもたらしている場合には、n+2次元目以降に(レジデュアルの環境への影響としてでなく、したがって、包括化しなくても)記録される。非生産自然資産の使用は、資産の量のその他の変化(other changes in volume of assets)の一部(COVC1.1.11.1.4、さらにヴァージョンWでは1.1.5も)を抜き出したものである。それは、減耗費用または、経済的使用とその変更、さらにレジデュアルの影響による劣化費用である。斜体で、ヴァージョンVにはあらわれないが、Wにあらわれる項目を記入した。政府の復元活動の結果としての環境の回復(COVC1.1.5)と貨幣評価された勘定にあらわれるバランス項目(分析的項目)などであるが、後述する。


つづき
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