黄斑円孔手術体験記


森の日記―――書を捨てて森に入ろう


2010年8月20日

 森を散歩していると、ときどき眼の前に突然蜘蛛の巣やぶら下がっている小さな虫たちに気づくことがあります。もちろん、大急ぎで回避します。蜘蛛の巣が顔に張り付いて、パニックになった蜘蛛がからだじゅうを這い回るというのは、迷惑ですからね。

 しかし、ちょっと注意すればいたるところにある蜘蛛の巣、樹の枝と枝のあいだに精妙に張り合わせてある蜘蛛の巣は、樹木にとっては、決して迷惑なものではないのかもしれません。葉っぱがついているように、一種の飾りのようなものと考えてもいいのではないでしょうか。

 ユクスキュルという生物学者のダニの話は大変有名になりましたが、ひたすら樹の枝にぶら下がって、そのしたを動物、というより体温と炭酸ガスが通っていくのを待ち続け、それが来た瞬間にポトリと落ちてその動物の毛のなかに卵を産み、生まれたダニは、動物から降りて、樹の幹をよじ登り、枝にぶら下がる、そうした一生をもつダニの話です。

 かれがいいたいのは、ダニという一個の昆虫の生態や、その環境との関係ではなく、また生態系のような全体の調和でもなく、ただ、樹と虫と動物の連動性です。土や空気も入ってくると思うのですが、それぞれを個別に捉えては、決して生物を理解することはできないだろうということだと思います。

 とはいえ、蜘蛛もうまく昆虫が飛び込んでくる場所を探すのは大変なことでしょう。運不運もあるだろうし、蜘蛛にも才能のあるやつとないやつがあるでしょう。人間の通り道には張らない方がいいよと教えてやりたいものです。

 話はずれますが、1985年の映画『蜘蛛女のキス』はとても印象に残る映画でした。主役を演じたウィリアム・ハートは、怖いような優しいような、考え深いような気楽なような、複雑な雰囲気が好きです。キューブリック原案の映画『AI』にも出ていました。


         

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